ミア・カンキマキは、代わりばえのする気配のない自分の人生に心底うんざりし、一念発起、長期休暇制度を利用し、1年間会社を休むことに決めた。休暇中、フィンランドから日本に渡り、かつて大学の文学講座で惹かれた清少納言『枕草子』について調べ、書くことを決意する。けれどこのカンキマキのデビュー作は研究書ではない。エッセイ、つまり『枕草子』と同じジャンルの本である。
清少納言と紫式部。『枕草子』と『源氏物語』。この本でもしばしば対比されるが、日本においては知名度こそそう変わらないかもしれないが(海外においてはそうではないらしいことはこの本が教えてくれる)人気は前者を後者がおおきく上回る。理由はいくつか考えられるけれど、エッセイと小説、後者のほうがやはり人気が高いのだ。
けれどエッセイだっておもしろい。抜群におもしろい。『枕草子』がおもしろいように、『枕草子』をめぐるエッセイであるこの本が抜群におもしろいことによってだって十分に証明可能である。
カンキマキは、清少納言に、「セイ」、と呼びかけながらこの本を書きつづける。京都へむかう飛行機のなかで。生理に悩まされているときも。セイが見たこともない大都会・東京で。東日本大震災のさなかでも。これまで英語で読んでいた『枕草子』をフィンランド語に翻訳しはじめたときにも。ずっと、親しみをこめて。
カンキマキ自身が言うように、ふたりは似ている。正直である。『枕草子』を対象に選んだくせに、はじめのころはここが気に入らないだのあそこが面白くないだの言っている。けれどこの分厚いエッセイは、京都での生活体験にくわえ、『枕草子』と平安文学へのリサーチが深まって見方が変わり、カンキマキがどんどん清少納言に本気で夢中になっていくようすをつたえてくれる。彼女の大好きなヴァージニア・ウルフが、女性文学者を鼓舞するアジテーションの書『自分だけの部屋』に、キャリアウーマン擁護論を書いた清少納言の名前をあげず、紫式部の名前だけをあげていることを疑問に思い、調べてみたらアーサー・ウェイリーの翻訳版『枕草子』が肝心の箇所を訳していないことを発見し、衝撃を受け、そして納得するくだりはこの本の白眉のひとつだ。もちろん、ヴァージニア・ウルフが『自分だけの部屋』に清少納言の名前をあげなかった理由をそれと断定することはできないけれど、カンキマキにとってそれはひとつの真実になったのだと思う。
自分自身の生を変えるような読書、そして書くという体験にはこのような、『自分だけの部屋』ならぬ「自分だけの真実」が必ずある。その「自分だけの真実」が読者に届き、読者を動かす。その美しさがまぎれもなくこの本には宿っている。
Mia Kankimäki/1971年、フィンランドのヘルシンキ生まれ。ヘルシンキ大学比較文学専攻卒業。編集者、コピーライターとして活動した後、本作でデビュー。日本文化に精通し、生け花の師範でもある。本書で旅行誌「モンド」旅の本賞ほか受賞。
せとなつこ/1985年生まれ。歌人。著書に『そのなかに心臓をつくって住みなさい』『はつなつみずうみ分光器』など。