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ざわついた車内、唖然とする乗客

 小島は、立ち上がった。身体を窓側に向けて、上の荷物棚に置いてあるバッグに手を伸ばし、鞘を外してナタを取り出す。そして、無言のままナタを頭上に持ち上げると、隣に座るX子さんの首をめがけて、一気に振り下ろしたのだった。

 凶行が始まったのは、新横浜駅を発車して約4分後の21時45分。

 X子さんが左手の甲に衝撃を感じて左側を見ると、男が無言で立っていた。次の瞬間、棒のようなものを振り下ろされる。攻撃は、3回、4回と続いた。あまりの出来事に、叫んだかどうかもわからない 。

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 ふと犯人の手が止まり、X子さんは滑るようにテーブルの下に潜り込んで、体育座りの姿勢を取った。どこかで女性の声がした。目の前で男性が犯人の両手を掴み、取っ組み合っているのが見える。これがのちに殺害されるZ夫さんだった。Z夫さんは犯人より背が高く、2人とも無言だ。

家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』(KADOKAWA)

 このとき、ヌルッという感触を覚えて、X子さんは、はじめて自分の右首から血が出ていることに気が付いた。女の人が逃げている姿が見える。Z夫さんは、犯人よりも体格が良く、このとき負けているようには見えなかった。X子さんも、逃げた。車両を移ると、血まみれのX子さんを見て、車内がざわついた。状況を把握できず、皆、唖然としている。誰かが「止血するものをくれ」と叫び、女性がタオルを渡した。止血しても、血は止まらなかった。

 C席のY美さんは、コンサートグッズを足元に置いて座っていた。缶ビールをテーブルに置き、ゆったりくつろぎながら帰るつもりだ。スマートフォンでインスタグラムを開こうとしたとき、右側から「キャー痛い!」という女性の叫び声が聞こえてきた。びっくりして右横を見ると、通路を挟んだ隣の座席で、腕を上下に振り下ろしている男の背中が見えた。

 以下は、Y美さんの証言である。

「私が立ち上がると、後方からZ夫さんが来て『やめろよ!』と止めにかかりました。このとき、刃物を持っていると思わなかったのではないかと思います。犯人は何も口にしません。犯人がその手を振りほどいて、身体を反転させ、Z夫さんがよろけました。そのとき、犯人と目が合いました。その目は、一言でいうと『無』でした。まるで感情がなかった。“殺される”と思いました。刃物を持っているし、無差別に襲っているとわかります。感情のない様子から、特定の人を殺しているのではないとすぐに思いました」