「やめてください」「その人を助けさせてください」
「すぐに『男性を助けなきゃ』と思いました。それからゆっくり近づいて、途中で座席の座面を盾にしました。乗客が座るクッション部分は、簡単に取り外せるようになっているのです。最初は何かわからなかったけれど、近づくと被告が持っていたのはナタであるとわかったため、通路にあったキャリーバッグに持ち替えました。なぜナタとわかったかと言いますと、私は家で薪ストーブを使っているため、ナタで木を切ることがあり、それでナタとわかりました」
キャリーバッグを盾にして、3メートル、2メートルと近づいた。しかし、犯人に変化はない。
車掌長は、犯人に向かって叫んだ。
「やめてください」
「その人を助けさせてください」
しかし、犯人が言葉に反応している様子はない。無言でナタを振り下ろし続けている。2メートル距離を取った車掌長も、ナタを持った犯人にそれ以上近づくことはできなかった。
非常停止ボタンが押された新幹線は、緊急停車したのち、もう一度動き出して小田原駅に向かっていた。
徐々にナタを振り下ろす間隔が長くなる。そして、犯人の手が止まった。“疲れたから止めたのだろう”と、車掌長は思った。犯人は肩を上下に動かし、息が上がっている。自分の声がけで止めたとは思えなかった。
手が止まると、犯人はキョロキョロと辺りを見回した。再び、車掌長が声をかける。
「こっちを見て!」
男は一度だけ車掌長を見たが、またすぐにキョロキョロした。
「目を見て!」
もう一度声をかけると、男は車掌長と目を合わせた。
目が合うと、車掌長は言った。
「なにがあったんですか? 話を聞きます」
男は、まだナタを手に持っている。
「それを捨てよう」
しかし、男はナタを離さない。ようやく床に置いたのは、小田原駅に停車する直前だった。
小田原駅で待機していた警察官は、車内に乗り込んでくると、犯人に向かって「立て、手を上げろ、うつ伏せになれ」と命令した。犯人は無言で応じ、おとなしく逮捕されたのだった。
【前編を読む】《新幹線無差別殺傷》「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」殺人犯が法廷で見せた“異常行動”の“真意”とは