もはや“国民音楽”である『ゴジラ』のテーマ。あのメロディを作曲した伊福部昭(1914-2006)の甥がNHK緊急地震速報チャイム音の作曲者であることをご存知ですか? 東京大学名誉教授・伊福部逹(とおる)さんにお話を伺いました。

東京大学名誉教授・伊福部達さん

「映画は実験場として使ってる」

――大ヒット映画『シン・ゴジラ』では、おなじみの『ゴジラ』のテーマのみならず、“ヤシオリ作戦”決行時に流れた『宇宙大戦争』のマーチなど、伊福部昭の音楽に再び光が当てられました。クラシックファンのみならず、今なお多くのファンを持つ伊福部昭ですが、叔父様と『ゴジラ』の話をされたことはあるんですか?

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伊福部 いやそれが、ないんですよ。ないというか、聞けなかったというほうが正しいかもしれない。叔父がその話をしたがらないところがありまして。

――え! それはどうしてなんでしょう。

伊福部 「あれは違うもんだから」っていう言い方をしてました。「音楽は完結していなければならないから」って。叔父の著作に『音楽入門』というものがありまして、そこに映画音楽についても書いてあるんですが、あくまで映画音楽とは場面を強調したり、効果を与えるものであって、映画音楽自体を取り出しても音楽じゃないと。本人なりの音楽哲学で、作品は主題と変奏があって、展開を経て最後に着地するという構造あってのものだという思いがあったんでしょうね。

伊福部昭(1914-2006)

――とはいえ、誰もが一度は耳にしたことのあるような音楽になったわけですよね。

伊福部 叔父は「映画は実験場として使ってる」とも言っていました。たとえば、12音技法といった前衛的な手法は、映画音楽でまず試してみるところがあったようです。

――『シン・ゴジラ』はご覧になりましたか?

伊福部 はい、もちろん見ました。面白かったです。ただ驚いたのは、叔父が作ったゴジラの音楽が流れるエンドロールになっても、観客が誰も席を立とうとしないことでした。のちに、VR(バーチャルリアリティ)学会で『シン・ゴジラ』の樋口真嗣監督と話す機会がありました。そこで彼は「新しい音楽技術やオーケストラ演奏によって、ゴジラのテーマをステレオ音響にして流そうとしたのだけど、何か訴える力が少なかった。それで、第1作目の音楽の録音をそのまま使うことにした」と教えてくれました。叔父の音楽が、ヒトの感性や情緒など、脳の深部に訴えるところがあったのかなと、改めて感じました。

いまだによく分からないところがある叔父さん

――伊福部さんにとっての叔父・伊福部昭はどんな人物でしたか?

伊福部 なんでしょうね……、一言では言えないですね。近寄りがたい存在ではあった。怖くはないし、しょっちゅう叔父さんの家には遊びに行っていたけれど、捉えどころのない人でしたね。いまだによく分からないところがある(笑)。

――影響を受けたところなどはありませんか?

伊福部 結果的には、という話ですが、叔父が音楽家、私が聴覚を専門にした福祉工学者ということで、同じ「耳」に関わる仕事をしているという共通点はありますね。

研究室にはさまざまな聴覚研究機器がある

――耳といえば、伊福部昭は晩年、和音が割れて聞こえるという症状を訴えていたそうですね。

伊福部 ええ、そうなんですよ。難聴気味になっていましてね。それで古くからの知り合いでもある東大病院の耳鼻咽喉科の先生に相談してみたら「ぜひとも治したい!」と仰るんですよ。「教室をあげてお待ちしております」とまで言うので、何だろうと思ったら、その先生が叔父のファンだと言うんです。しかも同郷の北海道、美唄の人で。それで叔父に「連れてくから診てもらいなよ」って何度も勧めたんですが「いや、そんな治療じゃダメなんだ。こうやって、ベロに力を入れて口から出し入れすれば耳が良くなる」って聞かないんです。もうね、頑固なの(苦笑)。