被災地のボランティア現場に出向いて作業をするにあたって、初めて会う人同士のコミュニケーションは重要だ。しかし、ある日、尾畠さんが南三陸町で出会ったボランティアの男性は、問いかけにもボソボソと答えるだけで、ほとんど口を開くことがなかったという。そんな男性に尾畠さんがかけた言葉とは……。
ここでは、ライター・フォトグラファーとして活動する白石あづさ氏が、尾畠春夫さんとの3年間の交流をもとに執筆した『お天道様は見てる 尾畠春夫のことば』(文藝春秋)の一部を抜粋。ボランティア現場で出会った男性を変えた“一言”を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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「あぁ、体は健康でも、かなり心が疲れているな」
姉さん(編集部注:著者の白石あづさ氏のこと)、和歌山行ったことある? いいとこよねえ。♪ここは串本 向かいは大島 仲をとりもつ巡航船 あら よいしょ よーいしょ よいしょ よいしょ よーいしょ♪ この歌、「串本節」ちゅうのよ。え、歌は知らんけど、ワシみたいなナイスガイが歌うからいい歌に聞こえるって? ははは、じゃあ、次は和歌山の若い兄さんの話をしようかね。
蚊が飛び始めた頃だから、夏の始まりだったかな、宮城県の南三陸町でボランティアしよった時に、ボラセン(ボランティアセンター)の親分から、「尾畠さん、小中学校の体育館に被災者がいっぱいいるからな、蚊が入らないように窓に網戸を付けてほしいんだわ。ボランティアの中から、2、3人、指名して一緒に作業してくれんか?」って頼まれたんだわ。
そいで、60歳前後のおやっさんと、23歳の兄さんを指名したの。兄さんに「あなた、どちらの方?」って聞いたら、「自分は和歌山や」って。その日はずーーっと3人で網戸をダーーッと張りよったんだわ。
ところがね、なんかこう若い兄さんの声に張りがないんよ。呼びかけたら、「はい」って返事はするし、「こっち、お願いね」ちゅうたことは黙々としてくれるんだけど。うちの田舎のほうじゃ、「余分な言葉」ちゅうのがあってね、余分って余計って意味じゃないよ。「被災者、大変だねぇ」とか「網戸を張れて嬉しいねぇ」とか、まあ世間話やね。ボランティアの現場では初めて会う人同士、コミュニケーションを取らないとならないから、なんでもない会話も大事なんよ。だけど、兄さんはそういうこと何ひとつ言わない。
休憩時間になっても「趣味は?」と聞けば、ボソボソ答えるけど、目をキョロキョロ、キョロキョロしながら、下向いたり上向いたりしよる。「あぁ、体は健康でも、かなり心が疲れているな、苦しいのかな」と思って。