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2021/10/04

source : ノンフィクション出版

genre : ニュース, 社会, ライフスタイル, 読書

 休憩時間とかに、「何県から来たの?」とか聞かれるわね。「あぁ、和歌山よ」「ワシ、大分県よ」とか、そこから趣味の話とかにも広がるし。でも中には、ちょっとこう恥ずかしくて輪に入って来れない人もいる。まあ、性格はいろいろでいいんよ。それでも被災地の人から「ありがとう」と言われたら、誰もが嬉しいよな。

生きて生きて、 生き抜こうな

 それで和歌山の兄さんの話に戻るけど、ひとしきり話し終わったら、「尾畠さん、俺、和歌山に帰るわ」って言うた。ワシは大きな壁の乗り越え方とか、少しは自分の経験を話したけど、どっちかというとずっと兄さんの話を聞いていたの。大分の温泉で汗を流して自然に癒されて、それでワシにたくさんしゃべって心の整理がついたのかもしれんな。

 だから、「あ、そうかい」って、車で帰る兄さんをバイクで途中まで送ろうと思って、一緒に家を出たんだわ。しばらく一緒に走って、大通りでちょうど信号が赤になって並んで待っていた時に、兄さんの車の運転席の窓がグーッと下りた。顔を出した兄さんが「尾畠さん!」って声かけるから、「どうした?」って聞いたんよ。それでな、彼の口からあの言葉を聞いた時は、ワシ、本当に震えが来たんだわ。何て言ったと思う?    

 大きな声ではっきりと、「俺、生きて生きて、生き抜くから!」って。ずっとボソボソと話してた兄さんが、「生きて生きて、生き抜く」って言ってくれたからな、「ありがとう」ちゅうたの。

 だからワシ、「生きて生きて、生き抜こうな、お互いに。これからの人生は上りや下り、つづら折りの道や川や滝、垂直や反り返った壁もあるかもしれないけれど、人間、やろうと思えばできるからチャレンジして。で、やってやって、やり抜いてな、本当に、兄さんが越えられなかった時、その時はまたうちにいらっしゃい」って言ったら、「尾畠さん、頼みますね!」ちゅうた。

早朝の8kmランニングから帰宅。ビニールは、途中で会った人からの差し入れ。「若くても頭で動くだけの人は、歯車が錆びていざって時も動かない。常日頃から足腰を鍛えんと」 ©白石あづさ

 それで、ガチーッと握手して兄さんの目を見たらな、キラーッ!と鍬みたいに輝いちょった。ワシは「これ(自殺)なんか考えちゃいけんよ」っていう余計なことは一切、言わんかった。

 南三陸のボランティアで、なんとなくその兄さんを指名しただけなんよ。でも、やっぱしね、お天道様が引き合わせてくれたんだろうと思うんだわ。ええと、その兄さんの顔は覚えてるのに、名前は……よう思い出せん。いや、いいの、生きててくれたらそれで。

【前編を読む】「人間ほど悪くて最低な動物はいないんよ」スーパーボランティア尾畠さんが明かした日本人の“食”についての“違和感”

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