最後のシーンから逆算して天気や季節を決めていった
――ごく普通の子だったのに、出産後にどんどん歯車がくるっていく。そこが辛かったですねえ。
辻村 産んだ後も、子どもを欲しがっている夫婦に赤ん坊を託して、コウノトリの役目ができたと思って気持ちを切り替え、元の日常に戻っていく子もたくさんいると思うんです。でも今回、そうではない子を書きました。栗原家から見たらひかりたちはいい家族に見えたわけですよね。でも、ひかり自身からしてみると、そうとは感じられないところもきちんと書きたいなと思いました。出産の後、日常に戻ってからの彼女を支えるはずの家族が血のつながりに甘えて、支えきれなくなる様子を描きたかった。
――幸福な栗原家に不穏な電話がかかってきたという事実があって、そこから読者には彼らが不妊に悩んだ過去が明らかにされていく。電話をかけてきた人物の正体は何なのか、なぜそんな要求をされたのか、といった謎で引っ張りつつ、いろんな角度から何度も山場が訪れますね。
辻村 いろんな問題を含んでいるからこそ、時系列で話が進む一方通行の話にはしたくないと思ったんですよね。私がミステリーを好きなのは、一方通行の話だと思わせておいて、過去に置いてきたどこか一点に戻る瞬間があって、ひっかかっていた部分が回収されていく気持ちよさがある、というのも理由のひとつですね。今回も一方通行の話にしようと思ったらミステリーの形式をとらずに栗原家が子どもを欲しがるところから始めることもできましたが、それは私が書かなくてもいいものだという気持ちがあります。
栗原夫妻が不妊治療を諦める場面は山場のひとつですけれど、雑誌連載でそこで区切って原稿を渡した時、ここで終わる小説でもよかったんだよなと思って。でも、その先をミステリーの謎にくるんで牽引していくのが私の小説であろうと思いました。やはり自分はミステリーの力を借りてエンターテインメントを書く作家なんだなと改めて自覚した瞬間でした。
――ラストは本当に心揺さぶられました。どう感動したか言いたいけれどネタバレになる(笑)。あの場面は最初から決めていたんですか。
辻村 はい。ああいう風に最後のシーンを書きたいと思った時に、天気をどうするかはすごく考えました。絶望を象徴するような雨もほしいし、でもやっぱり光はあったほうがいいから、すごくきれいな夕焼けはどうか、とか……。そこからラストの場面の季節が決まって、そこに至るまでの時間の流れも決まっていきました。
こんなに早くみなさんに読んでほしい、という気持ちになったのは久しぶりかもしれません。3年前に『鍵のない夢を見る』(2012年刊/のち文春文庫)で直木賞を獲った時に、選考会で「この人は3年後にものすごいものを書いているのでは」という声があったそうなんです。それを先取りの約束のように感じていたんですが、3年後にこの小説が書けたことで、約束が果たせたと思っていただけたなら、こんなに嬉しいことはありません。
――今辻村さんの過去作品を振り返ると、デビュー作のダークでファンタスティックな青春ミステリーから始まって、こんな作品を書くまでに至ったのか、と。もともと持っているものを失わずにいるまま、世界を広げている印象です。
辻村 そう言っていただけると嬉しいです。変わっていくというのはいいことばかりではないんですよね。私自身もワガママなエンタメ愛読者なので、作者に対して「変わってほしくない」と無責任に思ったりしたこともあります。でも書く体力やスピードの面からも、今まで持ってきたものを持ちつつ新しいところにも入っていけるようになってきて、それを読者の方にも信頼してもらえるようになってきたのかなと感じます。
――以前、初期の青春ミステリーをまた読みたい、という読者の方たちのことをすごく気にかけていましたよね。
辻村 めちゃめちゃ気にしていたし、今も気にしています。でも「あ、ごめん、今回は違う話を書いたけれどまた青春ミステリーも書くから」という、気持ちに余裕が生まれてきたというか。読者を信頼できるようになりました。
私の書くものって「白辻村」と「黒辻村」と言われるんですが、サイン会でも「今回は白ですね」「私は黒のほうが好きです」などと言ってもらえて、あ、両方を書いていく作家だと思われているんだなと、安心したんです。「黒いものを書く作家になったから、もう自分の仲間じゃない」という風には思われていないと感じられたのはすごく大きかったです。
――『朝が来る』は黒とも白とも言えませんね。『島はぼくらと』(2013年刊/講談社)みたいな爽やかさとは違うし、『盲目的な恋と友情』(2014年刊/新潮社)みたいなブラックではなく、ちゃんと光がある。
辻村 ありがとうございます。だから私の小説を読んだことがないという方が、最初に導入として読む本としてもいいのかなと思います。