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綾辻作品と出会って「現実を舞台にして書きたい」

――辻村さんのペンネームの「辻」の字は綾辻さんにならったもので、だから点がふたつあるという。その時に、ファンタジーではなくて新本格を書きたいとは思いませんでしたか。

 

辻村 思いました。でも「私にはこのサーガがあるから」と思って(笑)。ところが高校に入って友達が一新されると、いきなり今まで書いてきたサーガを全部読んでくれという訳にはいかないし、最初の頃に書いていたものも今読むと文章が古いなと感じて、一人前に人に見せるのは恥ずかしいという気持ちが生まれたんです。それで、高校の友達に読ませるには新しく書いたものがいいなと思ったんですね。

 綾辻さんの作品をはじめて読んだのは『十角館の殺人』(1987年刊/のち講談社文庫)で、そこから「館」シリーズを読み、『緋色の囁き』(1988年刊/のち講談社文庫)の「囁き」シリーズを読み、『殺人鬼』(1990年~/のち角川文庫)のシリーズを読んでうなされ、『霧越邸殺人事件』(1990年刊/のち角川文庫)を読み……。地に足をつけた現実の世界を美しい文章で描くということを知りました。ミステリーの仕掛けだけでももう素晴らしいのに、文章と世界観がすごく繊細だったというのが、私の胸にすごく響いたんです。現実の大学生たちを描いているのにこんな表現をするんだとか。「囁き」シリーズはホラー映画のように声がだんだん近づいてくる感じがする、というのがあってもう虜になりました。それで、自分もファンタジーではなく現実を舞台にした小説を書きたいと思ったんです。

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 高校生になってから最初に書いてみたのが、今とだいぶ感じが違うんですけれど『凍りのくじら』(2005年刊/のち講談社文庫)のもとになった話です。

凍りのくじら (講談社文庫)

辻村 深月(著)

講談社
2008年11月14日 発売

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――最初に書いた時から、斜に構えた女の子が主人公で、「ドラえもん」のひみつ道具がモチーフになっている話だったのですか?

辻村 主人公の理帆子という名前や、お父さんとお母さんの設定はそのままです。でもドラえもんの要素は一切なかったです。で、今のものは郁也が小学生の男の子ですけれど、その時はひとつ上の先輩という設定でした。

――あ、全然違いますね。それも最後まで書きあげたんですか。

辻村 はい。最後まで書き上げたことがまた自信になって、その次に『子どもたちは夜と遊ぶ』(2005年刊/のち講談社文庫)の原型になった話を書きました。これも一応書き上げました。

子どもたちは夜と遊ぶ (上) (講談社文庫)

辻村 深月(著)

講談社
2008年5月15日 発売

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子どもたちは夜と遊ぶ (下) (講談社文庫)

辻村 深月(著)

講談社
2008年5月15日 発売

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――ある理由のために殺人ゲームを始める大学院生と周囲の学生たちの話ですよね。

辻村 ちょっと背伸びをして大学生を書きました。受験勉強ばかりさせられる学校だったので、勉強が嫌すぎて、架空の大学にいった時を想像するのが楽しかった。その時期は綾辻さんだけでなく有栖川有栖さんや森博嗣さんの大学を舞台にしたミステリーを読んでいて、すごく魅力的に感じていました。

――友達に見せるときはノートですか。

辻村 小学生のときは、大好きなアニメのノートとか、ゲームのノートとかに書いていましたね。中学からは無印良品のレポート用紙です。で、授業中に書くんで、教科書とかで隠しながら(笑)。

――自分の創作物を人に見せるのって、自意識が勝って恥ずかしくてできない、という人もいると思うんです。そういう気持ちはなかったんですか。

辻村 今考えると本当にそうだなあと思います。褒められることばかりではなくて、何か言われてすごく怒って「じゃ、私、今からこれ破るからね」とか言ってた気がする(笑)。今思い出すと、すごく恥ずかしい……。

 実はいいことしか憶えていなくて、悪いことを言われたことは忘れていたんです。でも、直木賞を獲った時に、高校の時に書いたものを読んでくれていた友達が地元のテレビ局からインタビューを受けていて、「学校の国語が得意な女子とか男子が読むわけですよ。だからいいことばかりは言われなかったと思うけれど、悪いことを言われてもそれも全部聞いていて、それが偉いなと思って見てた」って言ってくれたんですよね。そういう風に見ていてくれたんだと嬉しかったけれど、それで、そういえば悪いことも言われていたんだなと思い出しました(笑)。

――ところで辻村さんは小説以外にも漫画やゲームやアニメといった、いろんなメディアをどっぷり楽しんできた方ですが、なぜ小説だったのでしょう。

辻村 絵心もないし、音楽も作れないし、そんな中で個人でできるのが小説だったからだろうと思います。書くことにはお金もかからないし。それに、やっぱり綾辻さんの文章やトリックに出合ったのが大きかったですね。小説でしかできないことの楽しさを知りましたから。