辻村深月(つじむらみづき)

辻村深月

1980年、山梨県生まれ。2004年、『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞してデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞受賞。12年には『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。そのほかの作品に、『凍りのくじら』『ぼくのメジャースプーン』『名前探しの放課後』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『水底フェスタ』『ハケンアニメ!』など多数。

――最新刊の『朝が来る』(2015年刊/文藝春秋)、素晴らしかったです。後半で泣いたという女性は多いのですが、意外にも前半から涙が出た、という男性の声もありますね。幼い息子と両親の幸福な栗原家に、ある日「子どもを返してほしい」という不穏な電話がかかってくる……。今までとはまた違った挑戦が詰まった作品ですよね。

朝が来る

辻村 深月(著)

文藝春秋
2015年6月15日 発売

購入する

辻村 直木賞を獲った後くらいに、編集者から「不妊治療を考える夫婦が、養子縁組について考える話を書かないか」と提案されたんです。不妊治療については女性誌でも特集されているのを見かけるようになったので納得だったんですが、養子縁組はテーマとして考えたことがなかったので、驚きました。でも、この人なら書ける、と信頼してもらえたと感じて嬉しかったですね。そこからいろいろ調べていくうちに、自分もぜひこのテーマを小説にして届けたいと思うようになりました。

――最初はママ友トラブルの話かと思って、ああ、母親の立場から書く小説に取り組んだんだなと思ったんです。そうしたら全然違う展開になって。血縁の繋がりと血縁ではない繋がりについて考えさせられる話でした。

ADVERTISEMENT

辻村 これまでずっと家族を書いてきた時に、血の繋がりがあるからこその甘えを許さない、という部分を書いてきた気がするんですね。血の繋がりがあるから守られることもあれば、血が繋がっているから何でもしていいという親の驕りがあったり、子どもが自分を個として見てもらえない苦しさがあったりして。

――栗原家の子ども、朝斗は実は特別養子縁組でまだ赤ん坊の頃に夫婦が引き取った子ども。前半はその栗原家の話で、後半には朝斗を産んだ母親、ひかりにもスポットが当たります。朝斗を産んだ時、ひかりはまだ中学生だったという。

辻村 栗原家に関しては、血の繋がりがないなかで、お互い話しあうこと、いろんな言葉を経て、今ああいう関係にあるということを自覚的に書いていきました。ひかりを書いている時は、「家族だから」の一言で苦しまなければいけない部分を書こうと思いました。「血縁だから」ということの上にある無条件の呪縛と信頼みたいなものが対照的に浮き彫りになった気がしています。

――栗原夫妻はいい人たちですよね。不妊治療に取り組んで、その後養子縁組についても調べて……。きちんと話し合ってきた夫婦。

辻村 書きながら大人な人たちだなと思いました。でも、最初から大人だったわけではなくて、そういう日々を経て、今の生活を手にしている人たちだったんだ、と分かっていくようにと思って書きました。やっぱり最初は不妊治療に対する考え方が違ったり、いろんなことがあって、結果的に自分たちはああいう選択をしたけれども、その価値観を人に押し付けたりしない人たちだろうなとも思います。そうしていくうちに自然と朝斗との関係や、ママ友とのやりとりもあんな風になっていったんです。

――栗原夫妻は40代。自分よりも年上の、しかもこうした問題に向き合う人たちを書くのは難しくなかったですか。

辻村 20代の頃にいきなり書こうと思ったら難しかったと思います。でも『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(2009年刊/のち講談社文庫)を書いた後くらいから、20代では書かなかっただろうと思う小説をいくつか書いたことで、30代になると急に大人になるような気がしていたけれど、私は私のままで変わらなかったと感じ、40代、50代の自分がなんとなく想像できるようになったんです。その気持ちの延長もあって、今回のこの話になったんじゃないかなと思います。

ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (講談社文庫)

辻村 深月(著)

講談社
2012年4月13日 発売

購入する

――ひかりさんのパートは、書いているうちにどんどん膨らんでいったそうですね。

辻村 そうですね。栗原家の2人の気持ちは想像が及ぶところもあって入り込んでいったんですが、その後でひかりのパートに移った時は自分でも気持ちをどう切り替えたらいいか分からなかったんです。正直、ひかりを愛せるかどうか分からなかった。でも結果的には、自分が作者なんですけれども、ひかりから目が離せなくなるところがありました。

 ひかりは普通の子を書こうと思いました。地方の田舎に育っていて、クラスでいちばんモテる男の子に憧れるような。刹那刹那の感情には嘘がなくて、妊娠した時にも毎日お腹の子に手紙を書いて離れがたい気持ちを持っているけれど、でも「じゃあ子どもが生まれたら育てていいよ」と言われたら困るというのも本心。父親や母親のことがすごく嫌なのに、彼らが決めてくれるんじゃないかと期待してしまうという、矛盾しているところもあるけれど、ひとつひとつの感情はその時々に正直に思っている子を書きたいなと思いました。