創作においては才気煥発で熱情に溢れ、ゆえに生活面では破滅型となり不遇を招く。そんないかにもな芸術家像を体現する男といえば、かのフィンセント・ファン・ゴッホにかぎる。

 あまりに人間臭く、誰よりも芸術家らしいゴッホの残した軌跡を、たっぷり辿れる展覧会が開催中だ。東京上野・東京都美術館での「ゴッホ展――響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《黄色い家(通り)》 1888年9月 油彩、カンヴァス 
72×91.5cmファン・ゴッホ美術館(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)蔵 
©Van Gogh Museum, Amsterdam(Vincent van Gogh Foundation)

あらゆる職に挫折した挙げ句、絵描きの道へ

 美術商見習い、教員、書店員、伝道師。ゴッホはこれらすべてを中途で挫折したあと、絵描きを天職と定め創作に打ち込んだ。「転職組」だった彼の画業はおよそ10年に過ぎないのだけど、その軌跡をきちんと順にたどれるのが今展の優れたところ。ゴッホ作品の収集家として名高いヘレーネ・クレラー=ミュラーの系統立ったコレクションから主だった作品が出品されているおかげで、これほどわかりやすい展示を構成できた。

ADVERTISEMENT

 会場ではまず、技術の習熟を目指してゴッホが打ち込んだ素描や版画を、多数観ることができる。身近な人物や何の変哲もない村の光景、枝がうねる樹木など、ささやかなものにいちいち目を留め、じっくり観察しながら描いたものばかり。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《麦わら帽子のある静物》 1881年11月後半-12月半ば 
油彩、カンヴァスに貼った紙 36.5×53.6cm クレラー=ミュラー美術館蔵 
©Kröller-Müller Museum, Otterlo, The Netherlands

 ここでゴッホが表現したかったのは、描く対象に宿る精神のようなものだったろう。質素な室内で祈る女性の背中や、口元をきつく結んだ老人の顔からは、声ならぬ声が聴こえてきそうだ。小屋や樹木を描いていても、それらはどこか擬人化されており、眺めていると気持ちが読み取れるような気がしてくる。

点描技法などを推し進めた新印象派の面々も登場

 続いてゴッホは油彩画を手がけ、色彩への関心も深めていく。油彩を手がけた初期の例には《麦わら帽子のある静物》がある。事物の存在感をしかと表現する手法には、早くも長けていたと知れる。素早い筆致で外界の印象を写し取る術も身につけ、《森のはずれ》などにその成果が見える。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《森のはずれ》 1883年8-9月 油彩、カンヴァス 33.8×48.5cm
クレラー=ミュラー美術館蔵 ©Kröller-Müller Museum, Otterlo, The Netherlands

 自分の絵画に自信をつけていったゴッホは、当時世界最先端の「芸術の都」パリに打って出る。ときは画面全体をやたら明るく仕上げる印象派と呼ばれたグループが注目され、そこから派生し点描技法などを推し進めた新印象派の面々も登場していた頃。「何でも吸収してやろう」と学ぶ意欲満々のゴッホは、あっさり感化された。

 その作例は《レストランの内部》《石膏像のある静物》などに見ることができる。素直に先人たちを真似た結果、ゴッホの描く画面は格段に明るくなった。