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《論破王を「論破」する》ひろゆき本はなぜ売れるのか?「バカ」を出し抜く“危ない思想”

2021/10/13

source : 文藝春秋

genre : ライフ, 読書, 社会

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どうすればこの危機を乗り越えられるのか

 政治的・社会的連帯の軽視あるいは忌避にみられるひろゆきの思想は、徹底した個人主義であり、(哲学的意味としての)利己主義であるということができる。人生に意味などない。ならば可能な限り苦痛を避けて楽しく生きたほうがよい、とひろゆきは主張している。この素朴な快楽主義は、まさにその素朴さゆえに、若い世代を引き込むことができるのだ。

 急速に進む少子高齢化。30年にのぼる経済成長の停止。若い世代は、これからの日本の厳しさをリアルに実感している。しかし国も大人たちも、その危機をまともに考えている様子がない。一方ひろゆきは、これからの日本は危ないと素直に主張する。しかし自分は少なくとも個人レベルでは、その危機を回避する方法を持っていると述べる。『1%の努力』と同年に出版された、『叩かれるから今まで黙っておいた「世の中の真実」』でひろゆきは、いかに日本の未来が緊急事態であり、それに対して大人世代がいかに無能かを述べる。

ひろゆき氏のTwitterアカウントには133万人を超えるフォロワーがいる

 この本で実際にひろゆきが述べている日本の現実は、全てどこかで既に論じられてきたものであり、目新しさはない。しかし本のタイトルに「真実」と書かれていることによって、そこには何か未知の預言的真理が書かれていると読者は思ってしまう。では、どうすればこの危機を乗り越えられるのか。読者に危機感を与えるところまでは、他の啓発本の書き手も行っていることだ。しかしひろゆきは『1%の努力』で、その処方箋として、楽をしてそれを切り抜ける方法を教える。救われるために厳しい修行をする必要はない。これは、既存の社会に不信感や不満を抱いている若い世代には魅力的に映るだろう。

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必要なのは最低限の努力と…

 しかしこうしたひろゆきの議論には、ひとつの大きな問題点がある。それは、『1%の努力』のような幸福が実現するためには、「バカ」の存在が必要不可欠だということだ。ひろゆきが会議で少し発言するだけで何もしなくて済むのは、わざわざその案の実行を買って出るバカがいるからだし、匿名掲示板などのプラットフォームの管理が楽で儲かるのは、そのプラットフォームに書き込み、養分のごとく無数のコンテンツを無償で提供してくれるバカたちがいるからなのだ。

井上トシユキ著『2ちゃんねる宣言』(文藝春秋)

 もちろんここで述べる「バカ」とは、学歴が低い層や、怠惰で底辺の暮らしをしている貧困層を指すものではない。たとえ貧しくても仕事をしなくても生存できる手段を確保して日々を楽しく過ごしている人々をひろゆきは肯定的に見ていることについては既に述べた。ひろゆきが述べているのは、たとえ努力する才能がなくても、時流が来たときに自分の強みを発揮できれば成功できるのであって、必要なのは最低限の努力とタイミングを見極める才能なのだ。しかしその成功は、くそ真面目に日々コツコツと働いている「バカ」たちを出し抜くことによってのみ、つかむことができる。2018年11月7日の動画で、ひろゆきは「真面目であることが目的化している人がいますが、僕はそれは頭が悪いと思うんですよ」「『真面目に努力する』それ自体が目的になることはあんまよくないと思うので、そういうタイプの人は僕は『バカ』と言っていいんじゃないかと思います」と述べている。個人レベルでの救済は、全てが救済されないことを前提とする。