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「家に帰ると一人で苦しんでいた」無名俳優だったイ・ソンミンが“韓国一の演技派”に登りつめるまで

2021/10/17
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 彼の代表作として映画『工作』も欠かせない。1990年代にあった実際の事件をモチーフに、北朝鮮の核開発の実態を把握するために北朝鮮に潜入した韓国側諜報員と彼を取り巻く南北権力層間の情報戦を描いた映画だ。イ・ソンミンは北朝鮮の高位幹部であるリ・ミョンウンを演じることで、初めて「演技障壁」にぶつかった。

 ありふれたキャラクターではないため、かなりストレスを受けた。これまでは、私と似ているキャラクターを好み、私が持っているものを(芝居で)活用していたが、リ・ミョンウンは(私と)あまりにも違うキャラクターで大変だった。監督から特別なプレッシャーは与えられなかったが、(撮影が)終わって家に帰ると一人で苦しんでいた。(2018年7月3日の『工作』の制作報告会にて)

俳優としての地位を固めた『工作』

 イ・ソンミンの懸念とは裏腹に、『工作』は497万人余りの観客を動員して、彼の出演映画の中で最高の興行映画になった。

 イ・ソンミンは6つの映画祭で主演男優賞を獲得し、映画俳優としての地位を固めることになる。

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『工作』を通じて演技人生のターニングポイントを築いたイ・ソンミンは、2019年の映画『ビースト』では手段や方法を問わず殺人犯を追う強行犯捜査班のエース「ハンス」役を演じ、自分の限界を乗り越えた演技に挑戦した。『工作』で俳優が辛いほど良い芝居が出るという経験をしたと明かしたイ・ソンミンは、毛細血管が破れるほどの渾身の演技を披露し、怪物を捕まえるために怪物になっていくハンスを見事に演じきった。

映画『ビースト』でのワンシーン ©2019 NEXT ENTERTAINMENT WORLD&STUDIO. All Rights Reserved. 

 映画評論家のオ・ドンジンは、『ビースト』の中のイ・ソンミンの演技を次のように評価する。

「イ・ソンミンの演じるハンスは善と悪の境界に立っている人物。非常に複雑なキャラクターで、撮影するシーンごとに違う『自我』をほのめかさなければならない。イ・ソンミンは、自分の内面に、複数の自分を持っている役者で、そういう役者としての面貌を遺憾なく見せてくれた作品が『ビースト』だ」

 日本公開を控えた『ビースト』は、「信じて見る俳優」イ・ソンミンの存在感がこの上なく大きな映画だと断言したい。

金敬哲(キム・キョンチョル):韓国ソウル生まれ。淑明女子大学経営学部卒業後、上智大学文学部新聞学科修士課程修了。東京新聞ソウル支局記者を経て、現在はフリージャーナリスト。近著に『韓国 行き過ぎた資本主義』(講談社現代新書)。

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