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死をテーマとした往復書簡 なぜ“清々しい”のか

小川洋子が『ほの暗い永久(とわ)から出でて』(上橋菜穂子/津田篤太郎 著)を読む

2017/11/19
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『ほの暗い永久から出でて』(上橋菜穂子/津田篤太郎 著)

 作家であり文化人類学者であり、同時に、母の死に直面した娘でもある上橋さん。西洋医学と東洋医学の垣根を飛び越える医師、津田さん。本書は、偶然の幸運に導かれて出会った二人の、往復書簡である。

 まず何より、一通一通の手紙から伝わる清々しさに心を揺さぶられる。死を中心のテーマに据えながら、絶望に押しつぶされていないからだろうか。死に屈するのではなく、そこにある哀しみを二人はひたすら静かに見つめ続ける。

 蓑虫、仏教説話、遺伝子、AI、オーストラリア先住民……。あらゆるドアがごく自然に開かれてゆく。目の前に広がる新しい風景に目を奪われているうち、いつしか、思いも寄らない遠い場所まで運ばれているのに気づかされる。幾筋もの光が哀しみに射し込み、そこに隠された、人間だけが受け取れる「何か」の手触りを浮かび上がらせる。

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 その「何か」が決して言葉では表現できないものであることを、二人も読者も承知し合っている。答えのない問いの周りを、心細くさ迷い歩く軌跡の方が、とりあえずの答えよりずっと意味深いと分かっている。だから本書を閉じた時、まぶたに映し出されるのは、言葉ではなく、知性と感性を兼ね備えた二人分の足跡によって刻まれた、美しい模様なのだ。

 人は哀しみを抱えてこの世に生まれ、その意味を考え続けながらやがて寿命を終え、再び哀しみの源泉へと帰ってゆく。しかし帰るべき永久の場所は暗黒ではない。そこには、明かりともいえないぬくもりがあり、あたりをほのかに照らしている。本書はそのような確信をもたらしてくれる。

「おまえにそうされると、いつも、なんだか哀しくなるんだよ」

 死が迫りつつある中、娘に背中をそっと抱きしめられた母は、そう言って涙ぐむ。その声は喜びと分かちがたい響きを持って、今も永久の場所にあり、娘を抱きしめているに違いない、と思う。

うえはしなほこ/1962年、東京生まれ。『精霊の木』でデビュー。2014年国際アンデルセン賞作家賞受賞。

つだとくたろう/1976年、京都生まれ。聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長。著書『未来の漢方』等。

おがわようこ/1962年、岡山生まれ。著書に『妊娠カレンダー』、『博士の愛した数式』など。最新刊は『不時着する流星たち』。

ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話

上橋 菜穂子/津田 篤太郎(著)

文藝春秋
2017年10月30日 発売

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