国際アンデルセン賞作家賞受賞の世界的な物語作家・上橋菜穂子さんと、聖路加国際病院の気鋭の漢方医・津田篤太郎さん。上橋さんにとって最愛の存在である母の肺がん判明をきっかけに出会った2人は、手紙を通じて交流を続ける。そのやりとりは『ほの暗い永久から出でて 生命と死を巡る対話』としてまとめられ、刊行となった。話題は身体、性(セックス)、科学・非科学、災害、宗教、音楽、AI、古典から最新の論文にいたるまで縦横無尽に広がる。本書製作のさなかに行なわれたトークショーで、白熱ラリーの一端が明らかに。
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「総合診療医 ドクターG」はこうして生まれた
上橋 ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、津田先生はNHKの「総合診療医ドクターG」というテレビ番組に出演をされています。あの番組は企画から先生が関わっておられるそうですね。
津田 製作スタッフは、最初、外国からきた有名な総合診療の先生のドキュメンタリー番組を作りたかったらしいのですが、ドキュメンタリーは数字がとれないからダメだと(笑)。
上橋 ありゃりゃ(笑)。
津田 バラエティを作れと言われたスタッフが、私にバラエティってどうやって作ったらいいんでしょうと聞くので、クイズにしたらどうですかと言ったんです。カンファレンスから思いついたのですが、それが番組になって、もう8シーズンくらいでしょうか。
上橋 大好きな番組で、当てられるはずもないのに必死に推理しながら見ています(笑)。津田先生は文章がうまいですよね。読みやすくて論理が明確。するするするっと入っていって、思いがけないところへ連れて行かれるのが大変面白い。文章が素晴らしい、という話を編集者の前でうっかりすると、「本にしませんか?」と、話がきてしまう(笑)。というわけで、いま、2人で往復書簡(『ほの暗い永久から出でて』)をやっています。
さて、人の命に関わる医療として西洋医学は大変優れていますが、私が更年期障害になったとき、どうも西洋医学では楽にならなかったんです。そこで東洋医学の先生に診ていただいて、驚いた。他の人の症状と比べるのではなく、むしろ私の体に総合的に現れていること、私自身の性格や身体を診て出された結論を聞いて、これはまったく違う系統の医学の話だ、と。西洋医学を普遍のように感じていたのですが、西洋医学も、西洋の文化的な背景と思考のパターンから生み出されてきたもので、それが絶対的なものとも限らないかもしれない、と気づいたのです。その西洋医学と東洋医学の2つの医療をやっていらっしゃる津田先生がどういうふうにバランスをとられているのか興味があります。
津田 2つをあわせた「統合医療」という言い方があるんですけれども、私はその言い方には反発がありまして。
上橋 そうなんですか?
津田 統合というと安易に混ぜてしまうイメージがありますが、むしろ違う視点で見るからこそ立体視ができるので、対立点を残しておいたほうがいいと考えています。
ともすると治せる医学のほうが上、治せなければ意味がないという風に捉えられますが、決してそんなことはないんですね。特に治りにくい病気の場合は「治せない」ゆえに、なぜ自分がこの病気にかかったのかという追究があるわけです。身体を解剖して臓器に分け、細胞をバラバラにして遺伝子を調べ、原因を探索するのは、治したいから探索しているわけです。いわゆる西洋医学的な薬というのは、そのやり方が最終的に通じれば治せるということなのですが、東洋医学の追究の仕方は違って、もっと大きな捉え方で、私はどうしてこの瞬間にこの病気を得たのか、それは私の人生において、私の周りにとってどういう意味があるのか、そういうことを広く考える視点があると思います。東洋医学は死ぬことを避けられるとは考えていないんです。どのようにしてこの人生を全うするかに大きな文脈があり、そこにどうフィットさせるかという医学体系で、死を無限に遠ざける医学ではありません。でも西洋医学は、ひょっとしたら死を無限に遠ざけることができるかも……という意識がどこかにあるのだと思います。