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“グーグル先生”が台頭する時代に、医師の役割はどう変わるのか――上橋菜穂子×津田篤太郎

『ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話』の過程で生まれたエピソード

genre : ライフ, 読書, 医療

note

グーグルに医師は置き換えられるか

上橋 先生の往復書簡のお手紙にAIの話がありましたけど、あれこそまさに名人とは正反対のものですね。

津田 AIは何千万件という論文を読んで、合致する知識をピックアップして患者さんにあてはめて診断するというものですね。そこまで上等なものでなくても、最近グーグル先生という言い方をよくしますが、グーグル先生医者版もあります(笑)。患者さんが、歯が痛くてリンパ腺が腫れて熱が出て、いったいどこが悪いのかわからなくなると、その症状を全部グーグルの検索窓にいれます。そうすると比較的どんぴしゃりの論文が出てきて、これが専門医顔負けの正確さなんですね。これからのドクターGはドクタージェネラル、ではなくてドクターグーグルにしたらどうだろうと考えたりしますが(笑)。

上橋 あ、それ、座布団一枚!(笑)知識がすでに明文化されていて、そこから探してきて治せるタイプの病気であれば、それがありえるんですね。

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津田 診断という人間の医者に求められていたはずの能力が、機械に、ネットに置き換えられています。じゃあ医者は何をするかというと、それを機械に入力する作業ですね。この人は歯が痛いとかリンパ腺が腫れているとか、ちゃんと認識できていなかったり、中には患者さんが恥ずかしがって隠していたりする症状があるかもしれないので、それをちゃんと探り出したり患者さんから聞きだしたりする作業は機械には置き換えられず残るかもしれません。あと、たとえばその診断結果に不治の病みたいなものが出てきた場合、それを患者さんにどう伝えるのかというのもまだ残された領域ですね。

上橋 そうですね。近頃よく「看取医」という言葉を耳にしますが、実際はすべてのお医者さんが向き合う可能性があるわけで。津田先生のお手紙を読んでいて、死にゆく人と医師との関係は人間特有のもので、AIとはこういう関係にはならないかな、と思いました。AIは死なないから。物質としての消滅はあるわけですが。

 長くても100年ほどの限られた命であることが人間にとっては大きなことで、生まれたときから様々なかたちでずっと考えているわけですが、そういう感情のすべてをAIが人と同じように感じるようにならない限り……。

津田 2000万件という全部の論文を読み込めるのは、時間が限られていない存在だからですよね。人間はそれだけの論文を読む時間がありません。そんなに読んでいたら死んでしまうから。それをやってのけるAIにどれだけ近づけるのか、つまりどれだけ人間離れしているかで今までは医者の序列が決まっていましたが、それが今後逆転する可能性が出てきます。

上橋 永遠対限りあるもの、普遍的な何か力があるもの対個別で短いものが、せめぎあいながら、でも両方が対話をし続けない限り、次の何かが見えてこなかったり生まれなかったりする部分があるのかなという気がします。

津田 そうですね。

上橋 もっと話したいことはたくさんあるんですが、ここから先はさらに果てしないことになりそうなので、ぜひ私たちの往復書簡を読んでください(笑)。

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上橋菜穂子(うえはし・なほこ)
1962年東京生まれ。立教大学文学部卒業。文学博士。川村学園女子大学特任教授。1989年『精霊の木』で作家デビュー。著書に『精霊の守り人』をはじめとする「守り人」シリーズ、『狐笛のかなた』『獣の奏者』『鹿の王』など。野間児童文芸賞、路傍の石文学賞、本屋大賞、日本医療小説大賞など数多くの賞に輝き、2014年には児童文学のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞する。

津田篤太郎(つだ・とくたろう)
1976年京都生まれ。京都大学医学部卒業。医学博士。聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長、日本医科大学付属病院東洋医学科非常勤講師、北里大学東洋医学総合研究所客員研究員。西洋医学と東洋医学の両方を取り入れた診療を実践している。著書に『未来の漢方』(共著)、『病名がつかない「からだの不調」とどうつき合うか』『漢方水先案内』がある。

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絵:上橋菜穂子

(2017年2月18日 ジュンク堂書店池袋本店にて)

ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話

上橋 菜穂子 津田篤太郎(著)

文藝春秋
2017年10月30日 発売

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“グーグル先生”が台頭する時代に、医師の役割はどう変わるのか――上橋菜穂子×津田篤太郎

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