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居場所を失った人々の末路 バンコク・コールセンターで働く日本人の実態

城繁幸が『だから、居場所が欲しかった。』(水谷竹秀 著)を読む

2017/11/14
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『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(水谷竹秀 著)

 現在、人件費の安いバンコクでは、経費削減を進める日本企業向けのコールセンターが複数設立され、現地で採用した日本人を使い日本国内向けの業務を請け負っている。「英語もタイ語も不要、日本語でマニュアル化された業務をこなすだけの作業」は、日本で居場所を失った人たちが多く集う最後のセーフティネットだ。

 バンコクの日本人社会には、駐在員、起業家、現地採用日本人といったヒエラルキーが存在するが、コールセンターで働く日本人は最下層とみなされる。彼ら自身、そのことはよく分かっているため、日本人同士で横のつながりを持とうとせず、ようやく接触しても一様に口が重いという。5年に及ぶ取材で信頼関係を構築し、丹念にそれぞれの人生を引き出した本書は労作と言っていいだろう。

 非正規雇用しか経験のない30代、一家で夜逃げした男性、ゴーゴーボーイにはまった独身女性、そして同性愛者や性同一性障害者等のマイノリティ。タイに“都落ち”したはずの彼らの言葉から見えてくるのは、むしろ日本社会の抱える様々な歪みだ。

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 なぜ先進国でありながらいつまでも労働環境は「Karoshi」が英語になるほどに悪いのか。なぜマイノリティは生きづらいのか。そして、なぜ普通に生きようとするだけで閉塞感を抱いてしまうのか。

 突き詰めれば「良い学校を出て大企業に就職して終身雇用という名のレールに乗る」という、高度成長期に形成されたロールモデルに行き当たるように思う。そこに乗れなかった人間にとって、日本は行政も世間の目も冷たい社会であり続けている。

 彼らは確かにレールを外れてしまった人たちではあるが、けして都落ちしたわけではない。自らの意思で異国に居場所を見つけようと日本を離れた人たちだ。彼らに居場所を提供することの出来なかった現実を、我々日本人はそろそろ直視すべきだろう。

みずたにたけひで/1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。新聞記者・カメラマンを経てフリーに。2011年、『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞受賞。現在フィリピンを拠点に活動している。

じょうしげゆき/1973年生まれ。作家、人事コンサルタント。著書に『「10年後失業」に備えるためにいま読んでおきたい話』など。

居場所を失った人々の末路 バンコク・コールセンターで働く日本人の実態

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