『ユニクロ潜入一年』(横田増生 著)

「アルバイト就業規則に抵触している」「解雇通知をさせていただきたい」

 ユニクロ新宿ビックロ店にいつも通りに出社した著者は店長室に案内され、そう宣告される。バイト店員として働きながら書いた最初の記事が週刊誌に掲載された二日後のことだった。

 本書はこの解雇に至る一年間の潜伏取材の成果をまとめた。潜伏ルポには鎌田慧『自動車絶望工場』、堀江邦夫『原発ジプシー』などの先例があるが、それらとの違いを感じるのが著者の周到さだ。たとえば著者は一度離婚して、すぐ再婚、その際に配偶者の姓に改名して潜伏取材を始めている。

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 それは著者の前作『ユニクロ帝国の光と影』が名誉毀損で訴えられたことと無関係ではない。この裁判は最高裁で出版社側勝訴が確定。間違いがなく、公益に資する記事は、内容が批判的であっても名誉毀損の罪に問われない、そんな法理に従って司法は同作に論評としての正当性を認めた。

 こうして“お墨付き”を得ていたにもかかわらず著者はユニクロを展開するファーストリテイリング社が二〇一五年四月に開いた中間決算会見への参加を名指しで拒否される。その扱いにジャーナリスト魂が再点火した。著者は柳井正・同社会長兼社長が経済誌の取材を受けて「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど」「社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」と述べているのを読み、その「招待」に応える決心をする。

 しかし実名ではまた門前払いされかねないので改名した。加えて企業が巨額の損害賠償を求めてジャーナリズム側を萎縮させる、いわゆるSLAPP(言論封殺)裁判が最近増えている。「合法」的改名はもしも裁判になった時に履歴書の虚偽記載が争点にならないようにするためだ。本書は企業ルポ受難の時代の作品なのである。

 バイト勤務中に最初の記事を公開したのはユニクロがどう対応するか内側から見たかったからだという。評者はファストファッション業界に必ずしも通じていないが、正当な批評であれば真摯に傾聴し、改善の機会や更なる成長の糧にできる企業が厳しい競争の中で一頭地抜きん出られるのは一般論として確かだろう。批評的ジャーナリズムにどう向き合うかで企業の胆力が推し量れる。

「招待」に応えた最初の「返礼」への対応は冒頭の「解雇通知」だった。では、バイト経験を核にして更に多角的な論点を提示した本書に対してユニクロはどう反応するのだろうか。

よこたますお/1965年福岡県生まれ。アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号を取得。「輸送経済」紙編集長を経て、現在はフリージャーナリスト。『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』『仁義なき宅配』『中学受験』『ユニクロ帝国の光と影』など著書多数。

たけだとおる/1958年東京都生まれ。ジャーナリスト、専修大学教授。著書に『原発報道とメディア』『日本ノンフィクション史』。

ユニクロ潜入一年

横田 増生(著)

文藝春秋
2017年10月27日 発売

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