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何度も『死ね』と言われて…「あそこは人をおかしくする場所」

 ハラスメントを理由にさくらんぼテレビを離れざるを得なかったのはAさんだけではない。数年前までさくらんぼテレビでアナウンサーをしていたBさんは、文春オンラインの取材にこう答えた。

「さくらんぼテレビの労働環境の悪さは有名です。東北の他局からは“山形の北朝鮮”なんて呼ばれているくらいです。自分がいたころもパワハラ・セクハラは当たり前でした。あそこは人をおかしくする場所なんです。今も、アナウンサーが足りないせいで、とある番組ではディレクターがメインで出演していると聞きます。これは通常ではありえない異常事態です。自分がいたころよりも状況は悪化しているのではないでしょうか」

今年で開局25周年を迎えるさくらんぼテレビ

 Bさんがさくらんぼテレビに在籍した頃は、前出のX氏の前任としてZ氏が報道部の副部長を務めていた。

「Z氏は二面性がある人で、上司がいるときはニコニコして、イライラしているときは部下に暴言を吐いていました。部下を呼びつけて1時間近く叱責することは日常。自分も『死ね』と言われたことは何度もありますし、他の人にもそういった言葉を言っていたのを普段から聞いていました。部下を帰らせないようにプレッシャーをかけることもしょっちゅうでした。自分よりも立場が低い人間を攻撃する弱い者いじめが好きな人です。ある男性社員は、備品が紛失した時に、何の根拠もなく『お前がなくした』とZ氏に責任を負わされました。彼は2、3日の間その備品探しだけを延々とさせられ、結局、その備品は彼とは関係ないところから発見されたのです。しかし、Z氏から謝罪の言葉は一切ありませんでした」

会社が長時間労働を強要する体制

 Aさんを苦しめた長時間労働についても、Bさんは「会社がそれを強要するような体制になっていた」と語る。

「さくらんぼテレビの勤務表は自分で勤務時間を記入したものを上司に提出します。当時は、まず副部長だったZ氏に勤務表を提出するのですが、残業時間が多すぎると認印を押してくれないのです。仕方なく、残業時間を少なく書き直して承認をもらったことが何度もありました(※さくらんぼテレビ側は「そのような事実はありません」と否定)。本当の残業時間を書いたら月に100時間を超えていたことも何度もあったと思います。幸い在籍中に自殺者が出たことはなかったですが、いつそういったことが起きてもおかしくない状況でした」

 記事内のハラスメントは証言のほんの一部でしかない。他にも記者のもとには数々の証言が寄せられた。