『逃げ恥』の森山みくりを演じるのは、女優にとってなかなかに度胸がいることである。何しろ社会現象とも言われたTVドラマ版で、言わずと知れたガッキーこと新垣結衣が視聴者の心に鮮烈な印象を残しているからだ。
だが、2019年の朗読舞台劇『恋を読む』シリーズの第二弾として企画された『朗読劇版・逃げるは恥だが役に立つ』で生駒里奈が演じたみくりは、ドラマ版に劣らず素晴らしいものだった。
対人関係に臆病な童貞男・津崎平匡が他者とのコミュニケーションに踏み出せないのと対照的に、エネルギーが過剰で空回りしてしまうが故に社会に適応できず落ちこぼれてしまう、という森山みくり像は、『逃げ恥』という物語をもうひとつの側面から照らし、リアリティを加える解釈になっていた。
日替わりで幾人ものキャストが組み合わせを変えながら演じるという企画の舞台だったが、並み居る俳優陣の中でも生駒里奈のみくりは独自の輝きを放っていたと思う。
これがいつも不安げにしていた、あの生駒里奈なのか
だが舞台を見た当時、僕はそれを一種の「キャラ勝ち」ではないかと思っていた。乃木坂のアイドル時代から生駒里奈にはどこか不器用で不適応な所があったし、そうした本人の資質が役柄と噛み合って飛び出したホームランなのではないかと思ったのだ。
『魔法先生ネギま!』『暁のヨナ』など漫画原作の舞台で彼女が高い評価を獲得していることも知ってはいたが、それは彼女自身が大のアニメファンであるが故に声優の発声をよく勉強しているというアドバンテージなのだろうと思っていた。
そうではない、とわかり始めたのは、その後の生駒里奈出演の舞台をいくつも見てからのことだ。
『GHOST WRITER』では物語の鍵を握る謎の女傑役を、『カメレオンズ・リップ』では観客をあざむく一人二役を、『-4D-imetor』ではダブル主演の1人としてアクションを含めた八面六臂の活躍を見せる生駒里奈を見ながら、これほど演劇の適性があったのかと驚かずにはいられなかった。2.5次元的なキャラクター演技をポップにこなす反面、ダークで生々しいリアルな芝居も生駒里奈は実に上手いのだ。
前述したように、アイドル時代の生駒里奈は決して器用になんでもこなすという印象ではなかった。だが、演劇の舞台で見る彼女は幅広いジャンルで見事な演技を見せるオールラウンドプレイヤーなのだ。緊急事態宣言で公演中止が相次ぐ中でも生駒里奈は今年、10月の時点で5つの舞台公演に出演している。それは演劇関係者の間で彼女の評価がいかに高まっているかの証だ。
ある舞台の本番中に年長の男性共演者のセリフが飛んでしまった時、生駒里奈がアドリブで脚本を修正するのを見たことがある。あまりにも自然に、まるでそこでミスが起きることを予想していたかのように顔色ひとつ変えずにアドリブでフォローしたので、舞台は流れを止めることなく進んで行った。
頭の回転は早く、まるで十年前から演劇で叩き上げてきたように舞台度胸は座っている。これがアイドル時代にいつも不安げにしていたあの生駒里奈なのか、と成長に目を見張る思いだった。