「きっかけ」という美しい歌がある。群衆の中で青い信号を見上げながら、自分の意思と人生の決断について考え始める一人の少女を主人公にした歌で、Mr.Childrenの桜井和寿が2016年に寺岡呼人のイベントにゲスト出演したステージでカバーしたことで一般にも知られることになった。
きっかけはアイドルグループ乃木坂46の曲
桜井和寿がこの歌をカバーしたことは、当時ある種の驚きを持ってWEBニュースで報じられた。ネットの動画サイトに上げられた録音音源では、実際のステージで観客が曲前の紹介で「えーっ」と一斉に声をあげているのがわかる。
その声は単なる驚きだけではなく、明らかにネガティブな拒否反応を含んでいた。桜井和寿が「ぜひカバーしたい」と寺岡呼人に申し出たというその曲「きっかけ」が、アイドルグループ乃木坂46の曲だったからだ。
桜井和寿は特にアイドルに好意的なアーティストではない。握手券付きのCDがヒットチャートを席巻する状況について、インタビューでネガティブな反応を示したこともある。彼のファンである観客からの「秋元康が作った歌なんて歌ってほしくない」といわんばかりの否定的な反応はある意味で当然とも言えた。
だがその日の桜井和寿は、観客席から上がる拒否と失笑の声を気にも止めず、「すっげえ良い曲だぞ。びっくりするぞ」と静かな声で答え、歌い始めている。まるでその「きっかけ」という歌のメロディが、すべての観客の反応を覆すことを確信しているように。
「万理華が一番好きな曲ってずっと言ってたんですよ」
桜井和寿のカバーによって一般に知られることになった「きっかけ」は、乃木坂46のファンにとってはあるメンバーの卒業とともに深く記憶されている曲だ。2018年に行われたファン投票では、シングルカットされたことのないアルバムの中の一曲である「きっかけ」が、グループを代表するシングル曲が並ぶ中で2位にランクインした。
メンバーの井上小百合は結果を発表する番組の中で、「(『きっかけ』は)万理華が一番好きな曲ってずっと言ってたんですよ」と、今はもうその場にいないメンバー、伊藤万理華の記憶を振り返った。
2017年11月、伊藤万理華は同期の中元日芽香と共に、東京ドームで最後のライブを行った。「きっかけ」はそのライブのWアンコールで歌われた最後の曲である。二人は乃木坂46の結成時に最初のオーディションで加入した1期生だった。