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「無茶だ──」

 バックネット裏の記者席で私は思わず身を乗り出した。

チームの変貌を象徴するヘッドスライディング

 センター前に弾んだ井端の打球をヤクルトの青木が捕球したとき、荒木はまだ三塁を蹴るか、蹴らないかのところにいた。球足の速い打球が極端な前進守備を敷いていた外野手のほぼ正面に飛んだのだ。荒木がホームへ向かったのは完全な暴走だった。

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 ところがセンターからの返球が捕手のミットに収まった瞬間に、荒木は数メートルも手前から飛んだ。地面すれすれを滑空するようなヘッドスライディングは、まるで自分以外のあらゆるものの時間を止めたようにミットの下をすり抜け、ホームベースの左端を掠め取っていった。ドームが一瞬の静寂に包まれた後、審判の両手が横に広がった。どよめきと歓声が交錯した。

 私はペンを握ったまま呆然としていた。完全にアウトだと思われたタイミングをセーフにしてしまったことへの驚きもあったが、荒木から発散されているものに衝撃を受けていた。

 これが落合のチームなのか?

 荒木が見せた走塁は、落合がこのチームから排除したものだった。

落合博満氏 ©文藝春秋

「俺は、たまにとんでもなく大きな仕事をする選手より、こっちが想定した範囲のことを毎日できる選手を使う。それがレギュラーってもんだろう」

 落合はリスクや不確実性をゲームから取り除いた。それが勝つために最も合理的な方法だと考えたからだ。指揮官の哲学は選手たちにも浸透し、ギャンブル的な暴走や怪我の怖れがあるヘッドスライディングは、この8年間ほとんど見たことがなかった。

 憑かれたような眼でホームへ突進した荒木を見ながら、私は確信した。

 このチームは変わったのだ……。

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