ハトヤの歴史は“手品師の計画”から始まった
レトロを感じさせるほどよい劣化と、昭和の時代の人々が思い描いた未来的なデザインに強く惹かれると、取り憑かれたように朝も夜も、何度も訪れてはカメラにおさめていた。
ここで簡単に「ハトヤ」の歴史を振り返っておこう。 戦前にハトのマジックで有名になった手品師が、14室の旅館を始めようと準備をしていた。その旅館は「ハトヤ旅館」と名付けられたが、戦争が始まると開業の計画は中断。戦後、看板まで掲げていたが開業されることはなく、ハトヤ旅館は売りに出される。それを当時サラリーマンだった、現在のハトヤホテル創業者が買い取ると、旅館をホテルに建て替え、1947年ハトヤホテルを開業した。
ハトヤのCMが流れ始めた頃、当時の近代建築の粋を集めたデラックスな設備を備え、大幅に増改築される。1970年代には本館の隣に別館が作られ、その際に現在の渡り廊下が架けられた。
駐車場には私設の消防隊、ハトヤ自衛消防隊が待機しているのにも注目。現在は専属で6名、夜の警備も含め、ハトヤの安全を守っている。地元の消防署から買い取った消防車のナンバーも、電話番号と同じ「41-26」の徹底ぶり。幸いなことに、訓練以外では一度も出動していないという。
また、伊東駅とホテルを行き来する送迎バスも、ナンバープレートは「41-26」。その他に「81-08(ハトヤ)」もあるというから抜かりない。
ハトヤを探検する
部屋に荷物を置き、気もそぞろで早速ハトヤを探検しに出かけた。
まずは玄関に戻り、もう一度はじめから。客人を迎える玄関には、幾何学模様に配置された照明が無数に輝いている。さらにそれらは鏡やガラスに反射し、より明るく、より広く感じられる。
ロビー、吹き抜け、廊下など、よく見るとそれぞれ違った形のシャンデリアが随所に下がる。どれも大きく豪華絢爛な装飾は、盛大に歓迎されているようで、眺めているだけで気分が上がる。
「殿方」「婦人」と書かれた大浴場、一年中利用できる温泉プール、ゲームコーナー、宴会場、バー、スナック、ラーメンコーナー。様々な行き先が記された案内看板に誘われるがまま迷子になったり、看板にハトのイラストを見つけては、嬉しくなってシャッターを切る。
部屋に戻ってみるとハトの置物、ハトの茶菓子、旅館案内、浴衣、スリッパまでハトづくし。ほかにもどこかに潜んでいるのでは? と探したくなる。