2020年の連載完結後も、その勢いはとどまるところを知らない『鬼滅の刃』。劇場版「鬼滅の刃」無限列車編は日本映画史1位の興行収入403.2億円を記録し、2021年12月からは続編TVアニメの放映も予定されている。同作がヒットした理由について、自身も漫画家として40年のキャリアを持つきたがわ翔氏は、ある要素が大きく関係していると考察する。

 ここではきたがわ翔氏の著書『プロが語る胸アツ「神」漫画 1970-2020』(インターナショナル新書)より一部を抜粋。同氏の見解を紹介する。(全2回中の2回目/前半を読む

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「強くなるための理由」が人のため

 『鬼滅の刃』には、少女漫画特有のモノローグが効果的に使われています。そうした登場人物の内面を丁寧に描いているところが、女性に支持されている理由のひとつでした。

 さらに、『鬼滅の刃』が女性に支持されるもうひとつの理由として、主人公が強くなるための「目的」が挙げられます。主人公の炭治郎が強くなりたいと思う最大の目的は、「妹(禰豆子)を守る」ということです。多くの少年漫画の場合、主人公は「世界一強くなりたい」「宇宙一強くなりたい」といったわかりやすい理由、つまり自分の欲求を満たすために修行していきます。ところが炭治郎は、「誰か(妹)のために強くなりたい」という気持ちが強い。そうした部分に共感する女性読者が、思いのほか多いのかもしれません。

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 少女漫画を描いていた僕の経験から言いますと、女性は「キャラクターの感情を追いながら、物語を味わっている」ように感じます。だから、キャラクターの心理や心情には関係ない、「必殺技」や「戦闘」についての詳細な説明を求めません。というか「むしろ、ないほうが読みやすい」わけです。

 繰り返しになりますが、『鬼滅の刃』の読者層は、男性より女性のほうが多いと僕は見ています。だからこそ、繰り出す技がどういったものかということよりも、「大事な仲間を失って、一体どんな気持ちなのか」「どうして、この二人は争わなければならなかったのか」といった心理描写や感情表現の部分に、読者は注目するわけです。それをひと言で表すと「母親の目線」となります。

 おそらく、作者の吾峠先生自身が、「母親の目線」でキャラクターを描いているのではないでしょうか。だからこそ、30~40代の「すでに母となった女性たち」が夢中になっているのだと僕は考察しています。

 もちろん、登場人物と同世代の少年少女たちは、炭治郎や禰豆子らに自分自身を投影しながら読んでいるのでしょう。しかし、『鬼滅の刃』がこれほどヒットした理由を考えると、やはり30~40代の女性が「自分の子どもが、こんなふうに育ってくれたら」と思いながら読んでいるからだと言うことができます。

 『鬼滅の刃』という作品は、幅広い世代の人たちが多様な視点で読むことができる漫画です。逆に言うと、そのような作品でなければ、これほどの社会現象になるような売れ方はしなかったと思います。