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《プロ漫画家が徹底考察》根っからの悪役を出さないでほしい…『鬼滅』フィーバーにみる令和のヒット漫画の“意外な傾向”

『プロが語る胸アツ「神」漫画 1970-2020』より #2

2021/11/01
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今の読者が求めているもの

 『鬼滅の刃』については、非常に強く感じている特徴がもうひとつあります。それは、「根っからの悪人が、ほとんど出てこない」ということです。

 炭治郎たちの前に敵として現れる鬼も、みな「昔は人間だった」という過去を持っています。最終的に反省したり、ちょっといいヤツになったりするなど、とにかく根っからの悪人が出てきません。

 唯一、「間違いなく、こいつは悪人だ」と言えるのが、人間を鬼にすることができるラスボスの「鬼舞辻無惨」です。無惨だけは心底の極悪人と言えるかもしれません。

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 しかし、倒された鬼たちは「基本的にはいいヤツ」だったり、「人間らしい弱さ」を持っていたりと、愛おしく感じることさえあります。もっとも、これは『鬼滅の刃』に限ったことではなく、最近の漫画・アニメによくある傾向です。「悪い人が出てこない」という安心感を、今の若い人たちはエンタメ系コンテンツに求めているのかもしれません。

 とくに最近の漫画・アニメによくある傾向として感じるのは、昔でいう「ヒール役」や「意地悪なキャラクター」が、作中にあまり登場しなくなったことです。読者が「性格の悪いキャラクターをあまり見たくない」と思っているようで、編集サイドも「根っからの悪役を出さないでほしい」と描き手に要望する雰囲気が広がっています。

 しかし、悪役や意地悪なキャラクターを出さないと、作品内に「ドラマの起伏」というものがつくりづらくなるものです。だから、最初は悪役として登場するけれど、最終的に「じつは、いいヤツでした」というキャラクターが多くなっているのだと思います。

 『鬼滅の刃』の場合だと、登場したときの鬼は冷酷で憎らしく、「こんなヤツ、やられてしまえ」と読者にも主人公にも思わせておく。それが、死ぬときになると人間の心を取り戻し、「彼らにも事情があったんだ」と感じさせるような終わり方になっています。

 その人が鬼になってしまった理由や、それぞれのバックボーンを見せたうえで、「敵とはいえ、無慈悲に殺したわけではない」と読者を納得させないと、今の子どもたちは嫌がるわけです。『鬼滅の刃』は、そうした現代の読者がエンターテインメントに求めているものに、きちんと応えた作品と言えるでしょう。