腕につけてしまった傷には包帯を巻き、長袖を着てごまかした。治りかけたころに母親の恵子さんに見とがめられたが、「部活の練習で誤ってケガをした」と嘘をついた。
「結局、どうにもならない……」
その年末、まみさんが通っていた中学校では、学校生活に関するアンケートを全校生徒に取ることが通例だった。まみさんはそのアンケートの中で「無視されている」「冷やかしや悪口、脅し文句を言われる」など、いじめの一部を告白した。
ところが、教師たちはまみさんの言葉をあまりにも軽く受け止めた。後になって学校側は「無視されるなどの様子を目撃することができなかったために、対応が後手に回った」と言い訳をしたが、「見える無視」などあり得るだろうか。
年が明けてすぐ、クラスの親睦を深めるためと称して、ドッジボール大会が開催されることになった。突然企画されたこの催しに、いじめっ子たちは敏感に反応した。
〈まみのヤツ、こないだのアンケートで余計なことを書いたんだろう〉
そう思ったのかもしれない。体育館に向かう廊下で、まみさんは背中にボールをぶつけられた。振り返ると、いじめの主犯格Yがニヤニヤ笑っていた。
「結局、どうにもならない……」
まみさんの中にあった思いが、プツンと切れた。
そして、2018年1月30日、母親の恵子さんに全てを明かしたのだった。
母親からのいじめ探偵への相談
その日の朝、吉川まみさんはパジャマのまま台所で弁当を作っている母恵子さんに言った。
「もう限界。学校に行けない。休ませてください」
まみさんは、絞り出すように続けた。
「これ以上、『大丈夫』を演じることができない……」
恵子さんは、こう語る。
「それまで気づいてあげられなかったことも含めてショックでした。学校には行かなくていい。とにかくまみの話を聞きました。もちろん学校側にも事の次第を伝えたのですが、何の動きもない。当時は学校側と対立するつもりはなかったのでいろいろと相談をしましたがきちんと取り合ってもらえませんでした」
当時、恵子さんが娘のいじめについて相談していた人が「ネットでこんな人を見つけた」と言って、「いじめ探偵 阿部泰尚」の存在を教えてくれた。名前が示す通り探偵が本業なのだが、いじめの相談を多く受けているうちに、その道の第一人者と言われるようになった人だ。いじめ案件に関して、相談は無料である。
恵子さんはすぐに阿部氏に連絡を取り、アドバイスを求めた――。
#2では、まみさんだけでなく、吉川さん家族をまるごとターゲットにして、震災いじめを行った村社会の構造を見ていく。