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2021/11/04

「なにするの!?」

「生意気なんだよッ」

 はじめは冗談かと思ったが、Yが押し付ける腕に徐々に力が込められる。

「やめてッ……」

 腕を振り払おうとしたが、上から押さえつけてくる力には抗えない。やがてその手がまみさんの首元に迫ってきた。

「はなしてッ」

 Yはケラケラ笑いながら、両手でまみさんの首を締め付けた。気管が刺激され、まみさんが激しく咳き込むと、Yはやっと手を離した。こうしたことが頻繁に起きるようになったのだ。

「M町は地域そのものがひとつのコミュニティとなっています。各家族がお互いのことを知り尽くしていると言っていい。いじめっ子は、吉川まみさんの家が何曜日の何時ころに行けば、大人がいないのかを知っているのです。その時間を狙ってやってきたのです」(阿部氏)

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1人でダンス練習という地獄

 小学校を卒業して中学に進学すれば、環境が変わっていじめがなくなる。そんな例もあるだろう。しかしM町では不可能だ。

 小学校は1学年1クラスだけで、生徒数は25人。全員が同地区の子どもたちなので、地区に一つだけの中学校にそのまま進学することになる。つまり、顔ぶれが変わることはない。

 2017年4月、まみさんは中学校に入学したが、小学校時代の25人のうち4人が別の地区の中学校に進学。その中には、まみさんに同情的な友達もいた。さらにいじめは激しくなっていったのだ。

 教師は見て見ぬ振りだった。体育の時間、フォークダンスの練習で、まみさんだけペアが作れず、授業に参加することができないこともあった。全部で21人。奇数なのだからひとりあぶれるのは当然だ。ただ1人でダンス練習をさせられたまみさんは「地獄だった……」と、その時の気持ちを祖母にこぼしている。

私が我慢するしかない

 同年11月、学校から帰ってきて部屋で1人になったとき、まみさんは絶望的な気持ちでそれまでの4年間を振り返った。

「こんな生活、いつまで続くんだろう……」

 そしていつの間にか、カッターナイフを握っていた。

「これ以上……耐えられない……」

 衝動的にカッターナイフで自分の手首を切りつけてしまった。浮き上がった血を見て我に返ったまみさんは、慌ててカッターナイフを投げ捨てた。

 自分がいじめを受けていることをまみさんは、家族にはひた隠しにしていた。震災後、避難所を転々としたあの頃の不安定な生活が頭をよぎるのだ。

「いじめから逃れるためには、せっかくたどり着いたこの場所を移るしかない。そうなれば、また家族を苦しめることになる。私が我慢するしかないんだ」