文春オンライン

《日プロ崩壊への序章》「会社が決めたことだ」ジャイアント馬場が迫られた“苦渋の選択”…最古参プロレスジャーナリストがみた“独立決意”の瞬間

『雲上の巨人 ジャイアント馬場』より #2

2021/11/04

source : ノンフィクション出版

genre : エンタメ, 読書, スポーツ, ライフスタイル, 歴史

note

真っ青な顔でゲーゲー

 馬場の船には、付き人の轡田友継(サムソン・クツワダ)、佐藤昭雄が乗り込み、坂口征二は永源遙らと一緒。大木金太郎と戸口正徳(タイガー戸口=キム・ドク)の船には、試合用のリングが積みこまれたが、途中で浸水し、かき出す騒ぎがあったとか。

 この巡業取材には東スポしかついていない。同行のカメラマンは鈴木皓三氏(後の総務局長)で、私たちは旧海軍出身で、船に強い吉村と同乗した。

 雲の流れも怪しかった。波とうねりがひどい。隣にいる筈の船も見えない。空と海がくっついたような揺れだ。

ADVERTISEMENT

「俺、カナヅチなんだ……」と言ったまま船べりをつかんで離さない小沢正志(キラー・カーン)。安達勝治(ミスター・ヒト)は、真っ青な顔でゲーゲーやっている。そのうち吉村が「吉村兵曹長、もう限界であります」と船板にゴロリとなった。

 胃のなかは空っぽだ。苦しいとか、苦しくないとかを通り越して寒気すら覚えた。どのくらい船に乗っていたのか記憶にない。どうにか喜界島に辿り着いたが、その夜はひと晩、宿の天井が揺れてみえた。いままでに経験したことのない恐怖の巡業旅だった。

©️文藝春秋

徳之島で聞いた「この会社、潰れるね」

 休日を挟んで翌日の徳之島大会は晴天。ところが試合を前にして緊急の選手会だという。巡業中に開催というのは、よほど切羽詰った問題があるのだろう。この日、デビュー戦を迎える木村聖裔(健悟)が会場の闘牛場スタンドにぽつねんと座っている。彼はまだ日プロの選手会には入っていないからだ。

 海の見える高台だった。

「この会社、潰れるね……」

 彼はポツリと洩らした。あとの言葉が続かず、木村の背中が寂しく見えた。

 選手会でどんな意見の衝突があったかはわからない。どの選手も口がかたい。巡業の後半には上田馬之助と松岡巌鉄が姿を消した。

 日プロの内部はまたまた内紛状態。メインイベンター同士が反目し合い、意見がまとまることはなかった。現場の私は、新人・木村のセリフひとつで「日プロ崩壊寸前」の記事を送れたがそれを書く気になれなかった。

 いずれ日プロは潰れる。発表を待てばいい。下手な功名心にかられてスキャンダラスな原稿を書くのはやめた、の心境だった。徳之島での出来事はデスクに報告しなかった。

【前編を読む】「もっと小さかったらなあー」推定身長209cm、最高体重145kg…ジャイアント馬場は自身の“巨体”への呪いをどう乗り越えたのか

雲上の巨人 ジャイアント馬場

門馬 忠雄

文藝春秋

2021年10月20日 発売

《日プロ崩壊への序章》「会社が決めたことだ」ジャイアント馬場が迫られた“苦渋の選択”…最古参プロレスジャーナリストがみた“独立決意”の瞬間

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

ノンフィクション出版をフォロー