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いじめで自殺した川崎市・中3生徒 最後まで読まれなかった『クリスマスの物語』とは

当時調査委員だった元教師・渡邉信二さんに聞く

2021/10/30
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〈俺は「困っている人を助ける・人の役に立ち優しくする」それだけを目標に生きてきました。でも、現実は人に迷惑ばかりかけて、●●(いじめられていた友人名)のことも護れなかった…それに俺には想い出が多すぎました。こんな俺が、人並みに生きて、友達を作って、人生を過ごしていく…そんな事があっていいはずないんです。俺がいて不幸になる人は多勢いる。それと同時に俺が死んで喜ぶ人も多勢いるはずです。でも俺は、●●をいじめた●●(※筆者注:4人の加害生徒の実名が書かれている)を決して許すつもりはありません。奴等は、例え死人となっても、必ず復讐します〉

 川崎市教委では、遺書があり、友人のいじめに関する記述があったこと、真矢さん自身もいじめの被害者の可能性があること、生徒の名前があったことで、当時はまだ法律で定められていなかった調査を行うことにした。

第1回調査委員会のメンバーとなり、学校に駐在することに

 6月15日、つまり、亡くなってから1週間ほどで第1回調査委員会が開かれていた。調査委員は11人。学校関係者3人、保護者3人、地域から2人、市教委2人、有識者1人。この市教委のメンバーのうち、1人が渡邉さんだった。今では考えられないほどのスピードでの設置だ。

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「この調査委のメンバー構成も(いじめ防対法がある)今ならありえないでしょうね。そのなかで指導主事として調査にかかわることになったんです。僕は、学校に常駐することになります。このことも、現在の調査委では無理ですよね」

渡邉信二さん ©渋井哲也

 たしかに、現在のいじめ防対法による調査は、外部の利害関係のない第三者が委員になることが期待されている。調査も正式な手続きに基づく。しかし、渡邉さんは学校に常駐しており、生徒たちの急な申し出にも対応した。そんな中から、『クリスマスの物語』の存在を知る。

男子生徒に渡したくしゃくしゃのメモ

 実は調査をしていく中で、渡邉さんは、真矢さんが独特な表現を使っていることに気が付く。遺書の最後には〈君がため 尽くす心は水の泡 消えにし後は 澄み渡る空〉という句が書かれていた。これは幕末の、土佐藩の武士のものだ。他にも、真矢さんはアニメの歌詞や漫画のフレーズをメモしていたことが分かった。内容は『鋼の錬金術師』のものが多い。

〈痛みを伴わない教訓には意義がない〉(連載開始時の冒頭のセリフ)

〈人は何かの犠牲なしに何も得ることなどできやしない〉(連載開始時の冒頭のセリフ)

〈人間なんだよ たった一人の女の子さえ助けてやれない ちっぽけな人間だ〉(『鋼の錬金術師』第2巻)

 渡邉さんは漫画を読み漁った。作成された報告書には、「自分が意義的に持っている使命のような激しく強い思いとともに、それが叶わないことへの不安や焦りが歌われている」との記述がある。言葉に対するこだわりを持っていたことを知り、調査への向き合い方が変わっていく。それによって『クリスマスの物語』に行き着く。