「ほとんどの生徒は、真矢さんが言葉にこだわりを持っていることを知らなかった。でも、一人だけ、『そういえば、2年生のときの国語の時間に読んでいたメモがある』と言った。別の日に、そのメモを持ってきた。くしゃくしゃになっていたんです。その男子生徒にメモを渡したのか? 信頼していたことはたしかです」
最後まで読まれることがなかった物語
『クリスマスの物語』を要約すると、以下のようになる。
両親を亡くした弟は子守唄を聴いたことがない。だから、クリスマスになると、子守歌を聴くことができるオルゴールを欲しがった。兄は毎年、「今年こそ、プレゼントしよう……」と思う。たが、お金がない。
ある年のクリスマス前。兄は弟に「今年はお前はよい子にしてたね。信じて待っていればサンタはかならず来るから」と言っていた。クリスマスの前日。兄はオルゴールを買って、弟の枕元に置いた。
翌朝はクリスマス。弟が目覚めると、オルゴールの横で兄が死んでいた。兄は、お金を稼ぐために必死で働いていたのだ。そんな兄を見ながら、弟は「寝ている兄に子守唄を歌ってあげよう」と、オルゴールのメロディにのせながら子守歌を歌った。
しかし、この物語が最後まで読まれることはなかった。なぜなら、真矢さんは「いじられキャラ」であり、授業中に読んでいる途中、笑いが起き、最後まで読まなかった。
教師としての経験や感性
「笑いが起きるような物語ではないですが、いじめの雰囲気にのまれていたクラスでは、読んでも誰にも響かなかった。気の毒だった。それを誰かが分かるようなクラス運営をすることが大切なんです。当時の先生がそれをできていたら死ななかったのではないかと思います。
ただ、僕だったらどうしただろう。もし雰囲気にのまれていたら、僕でも気づけないかもしれない。先生も笑っていたというし、途中で読み終えたとき、“先生がもう一回読むよ”と言えたかどうか。小学校では、この物語を使って授業をすることがありました。僕が読むと、笑いが起きません。もし僕なら……、なんとも言えないですね。でも、そうすれば、運命が変わっていたかもしれない。いつもそう思います」
こうした教師としての経験や感性があったからこそ、真矢さんの思考をリアルに把握できた。
「『物語』のメモが出てきたときには、これは遺書とつながるじゃないかと思いました。メモをしていたフレーズ(例えば、『人は何かの犠牲なしに何も得ることなどできやしない』)と同じだと思ったんです。でも、この物語を読んだことを、同じクラスの生徒は誰も覚えていないんです。真矢さんは書くことで、ある意味、生き延びてきたんだと思います。セルフケアをして、自己救済をしていたんだと思います。それを価値づける人が一人でもいればよかった。