やくざ映画でしか救われない魂がある――。それが、最新刊『やくざ映画入門』(小学館新書)の基本精神だった。
たとえアウトローから程遠い人生を歩んでいたとしても、どこか「世間とはぐれてしまっている」という感覚を持ってしまった人はいるだろう。筆者もそうだ。そういう中で鬱屈を抱えた身からすると、元気や感動を押しつけてくるような明るく正しいエンターテイメントは苦しい。感覚的に馴染めないだけでなく、「そういう世界に入り込めない自分自身」という現実を突きつけられてしまうのも大きい。
その点、やくざ映画は、同じように「はぐれ者」たちの物語。そこでしか生きられない登場人物たちを観ていると仲間がいるような気がして、心の安寧を感じられる。そのためほんのひとときの現実逃避には最適。ささくれだった心を癒してくれるのだ。
今回取り上げる『竜二』もまた、そんな一本だ。
東映を中心に大手映画会社が作って来たやくざ映画だが珍しく、インディ作品である本作は主演の金子正次が脚本も執筆。金子が公開直後に亡くなってしまったこともあり、「伝説の映画」となっている。
主人公は新宿を縄張りにするやくざ・竜二(金子)。
序盤はやくざとして凄味を利かせる一方でほのぼのとした日常も描かれ、やくざもまた日々の生活を送る一人の人間なんだ――と伝えてくる。金子の放つヒリヒリする暴力性と時おり見せる素朴な笑顔のギャップがたまらなくチャーミングで、その魅力に引き込まれていく。そして時が経つに従い、その笑顔の向こうに不安の色が見え隠れするようになる。このままやくざを続けていいのか――と。
かつて兄貴分だった居酒屋店主に不安を吐露する場面が印象的だ。竜二の不安に対し、店主はこう答える。
「あの頃は子供の寝顔を見ながら不安と戦った」「だから自分のことは捨てた。何もかも」
店主を演じるのが、東映やくざ映画で鳴らした岩尾正隆。東映作品でのギラつきからは想像もつかない安穏の表情が、その世界から抜けた元アウトローの平和な心持ちをリアルに浮き彫りにしていた。
その言葉を受け、竜二はカタギになる。後半は、妻子と共に真っ当な生活を送る姿が描かれていく。その温かく安らいだ様は、こここそが人間の生きるべき場所なのだ――と思わせるものがある。
だがラスト、竜二はその幸せに背を向けてしまう。うっすら見せる涙と寂しげな背中が「そこでしか生きられない人間」の業を見せつけてくる。
その選択は苦くもあるが、こちらからすると「おかえりなさい」という気にもなった。