1976年作品(96分)/東映/2800円(税抜)/レンタルあり

 今回も、引き続き渡哲也の主演作品を紹介したい。

 取り上げる作品は『やくざの墓場 くちなしの花』。前回の『仁義の墓場』に続く「墓場」シリーズ――というような流れのものではないが、同じく深作欣二監督による東映やくざ映画だ。渡の東映での主演作品はこの2作しかないが、本作も『仁義~』には及ばないものの、かなりのインパクトの強い作品になっている。

「くちなしの花」という当時大ヒットした渡の代表曲がタイトルについているが、内容は全く関係ない。ラストで主題歌的に流れるだけだ。

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 渡が演じるのは刑事。渡の刑事役といえば『大都会PARTII、III』『西部警察』といったテレビドラマや以前に本連載で取り上げた映画『ザ・ゴキブリ』での暴力刑事のイメージが強い人も多いだろう。

 といっても彼らの暴力は、あくまで悪党を容赦なくぶちのめすために行使される。正義のヒーローとしての暴力だ。

 本作で渡の演じる黒岩刑事(同時期に放送していた『大都会』と同じ名字なのも面白い)も暴力刑事だが、そのキャラクターは大きく異なる。刑事ドラマでの「悪」、つまりヤクザ寄りの役柄なのである。

 冒頭から凄い。渡の刑事といえばナス型のサングラスにビシッと着こなしたスーツ姿がトレードマーク。それが本作では、ナス型サングラスは同じだが服装はダボシャツに腹巻。寡黙でクールなイメージも捨て、関西弁を駆使してガンガンまくし立てる。その姿、どう見てもテキヤだ。

 舞台となるのは、やくざと地元警察が癒着する関西の某都市。民族と立場を超えて、黒岩はやくざ幹部の岩田(梅宮辰夫)と友情を築いていく。

 一方で、警察OBたちが作った金融会社が後ろ盾の組と岩田の組が抗争を始めたことで、警察本部も岩田を敵対視。岩田に肩入れする黒岩の立場は危うくなってしまう。

 本作の渡が特に見事なのは、終盤になってから。黒岩をただの「暴れ者のアウトロー刑事」として終わらせないのだ。岩田の潜伏先を吐かせるため、黒岩は拉致されてしまう。そして、自白のための麻薬を打たれ、結果として岩田を警察に売ることに――。

 敵の手に落ち、麻薬でボロボロになり、全てを失う。それまでの勇ましいギラつきから一転しての、その姿はあまりに惨めである。ここまで落ちる様を演じる渡。やはり役者として素晴らしかったことが、よく分かる。

 その上で、渡はさらなる名演を見せた。黒岩は自らを律し直し、最後の戦いへと向かう。この時に見せる魂が、観る者を熱くさせてくれるのだ。

 渡哲也の芝居の幅広さに浸ることのできる作品である。

日本の戦争映画 (文春新書 1272)

春日 太一

文藝春秋

2020年7月20日 発売