1959年(97分)/KADOKAWA/3080円(税込)

 先日、4Kリマスターされた映画『犬神家の一族』を十一月の劇場公開から一足早く、試写で拝見した。

 内容を細かく分析した著書を書いているほどに何度も観た作品だが、最新鋭のデジタル技術により鮮明に蘇った映像と音声は初見のように刺激的なものであり、新たな発見がさまざまあった。

 中でも印象的だったことの一つに、小沢栄太郎の名演技がある。小沢は名探偵・金田一耕助(石坂浩二)の雇い主である犬神家の顧問弁護士役だ。金田一に状況説明をしたり、推理の聞き役をしたり――という相方的な役割なのだが、その存在がリマスター版に触れ、大きく感じたのだ。

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 音声がよりクリアになったことで、そのセリフ回しに細かい感情表現が乗っているのが分かり、金田一への信頼感が一段と伝わってきた。こんなにも温かみのある演技をしていたのかと感銘を受け、ラストの二人のやり取りでは思わず涙してしまった。

 小沢というと『雨月物語』『華麗なる一族』『不毛地帯』など、欲望を前面に出した憎々しい芝居の印象が強かったのだが「そういえば、こうした人情味のある役柄も実はやってきたんだよな」と思い出すことができた。

 今回取り上げる『若き日の信長』も、そんな小沢の魅力を堪能できる作品だ。

 織田家の家督を相続したばかりの若き信長を市川雷蔵が演じた本作で、小沢は傅役にして家老の平手政秀を演じる。

 その奇抜な行動のために家中で「うつけ者」と嘲りを受ける信長を必死に諭す、忠誠心に溢れる役柄なのだが、これを小沢が人情味たっぷりに演じて、実に適役なのだ。

 互いに強く労わり合いながらも、豪放磊落な信長と生真面目な政秀の想いはすれ違い、やがて悲劇へと繋がっていく。

 父親の法要に現れない信長を探して政秀は野山を必死に駆けるのだが、信長は逃げてしまう。「殿――!」と叫びながらへたり込む政秀。この時、子供の頃の信長を回想するのだが、少年信長を肩車する嬉しげな表情と、回想を終えて力なく歩いていく老いた背中――小沢が見せる対極的な姿が、政秀の打ちひしがれた様を浮き彫りにしていた。

 そして、政秀は信長を諫めるために自害を決意する。ここでも「全て父が尽した通り、ご奉公申し上げるのじゃ」と息子たちに信長への忠義を伝えるのだが、その最期まで実直な政秀のセリフを言う小沢の口跡はどこまでも優しく温かく、それを受けての信長が悔恨する展開がドラマチックに盛り上がることになった。

 名優の忘れていた魅力を思い出させてくれる。リマスターは記憶の修復作業でもある。

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