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連載春日太一の木曜邦画劇場

大風呂敷を広げ女性問題に開き直る、なのにハナ肇の市長に引き込まれる!――春日太一の木曜邦画劇場

『イチかバチか』

2021/11/16
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1963年(101分)/東宝/2750円(税込)

 新盤発売の情報を知り、「え! あの映画、今までDVD化されていなかったのか」と驚かされることがよくある。今回取り上げる『イチかバチか』も、そんな一本である。

 四十五歳の若さで早世した名匠・川島雄三監督の遺作にして社会派コメディの傑作でもあるだけに、当然のように既にDVDが出ていると思っていた。が、発売されたのは、実はこの七月。それまでは、なかなか観る機会に恵まれていなかったのだ。

 本作が描くのは、大工場建設の誘致を巡る暗闘だ。

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 主人公の島(伴淳三郎)は、一介の工場員から製鉄の大企業の社長にまで一代でのし上がった。老いてもなお鉄鋼業に飽くなき情熱を燃やす島は、全財産をつぎ込んで巨大な製鉄工場を建設する計画を立てる。聞きつけた各自治体は誘致合戦を開始、中でも東三市(愛知県東部に設定された架空の市)の市長・大田原(ハナ肇)は自らの独断で交渉に乗り出し、大攻勢を仕掛けた。

 強引に誘致を成功させようとする大田原と、大田原をインチキ臭く感じる島との駆け引きを軸に物語は展開されていく。普段は極端なまでのケチさで暮らしていながら鉄のこととなると豪快なまでの夢想家となる島。下世話で下品、それでいてどこか憎めない愛嬌のある大田原。この両雄を名コメディアン同士が演じることで、今では「化石」となろうとしている「これぞ昭和の男」というバイタリティが活き活きと描き出されていく。

 特に強烈なのはハナ肇。終盤、反市長勢力が誘致反対の市民を集めて大集会を開催、大田原は糾弾されることになる。が、大田原はそれに臆することなく乗り込んで、「工場誘致によって市民の利益になることは三つある!」堂々と演説してのけるのだ。

 さらに女性問題をもって批判を浴びせる声に対しても「全くもってごもっとも」と認めた挙句に「その二人の女性は私が五十年の人生において真実心から愛した二人の女性であります。つまり私は一回契りを結んだ女性とはどうやっても別れらりゃあせん!」と言い切っている。

 字面にすると政策は大風呂敷、女性問題への言い分はただの開き直りにしか思えないかもしれない。が、ハナ肇によるハッタリとユーモアと人情味を自在に操る語り口があまりに見事なため、その演説に引き込まれてしまい、思わず納得してしまうのである。

 現実世界でも、なぜこの人は地元で強固な地盤を築いているのだろう――と疑問に思う政治家に出くわすことは多い。ハナ肇の演説は、その疑問に対して「こういうことだ」という答えを示していた。

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