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「気づいたら、テントがないんだよ」

 南極ニュージーランド・スコット基地は、南極点から1300キロのロス島にあります。南極入りして10日後、スコット基地のベテラン隊員4人の協力を得て、ペンギン・ルッカリ(営巣集落)を手掛かりに、橇そり2台、犬16頭とともに出発。2日がかり80キロの道のりでした。

 探検隊のような生活を続け、3日目に目的地ケープ・クローディアに到達しましたが、1年前には群れをなしていたというペンギンの姿は、1羽もみあたりませんでした。その日は、大きな氷山の割れ目(氷河トラップ)を前にそれ以上進むのは諦め、テントを張り、寝ることにしたそうです。

 話し込んでいた蔵原監督が、高倉と椎塚カメラマンのテントを離れてからまもなく、午前4時ごろのようですが、猛烈なブリザードに遭遇しました。風速60メートル以上だったのではないかといわれています。

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©文藝春秋

「気づいたら、テントがないんだよ。床に敷いてあったはずのシートは引きちぎられてて、同じテントで寝てたはずの椎塚さんが見あたらない。大声で名前を呼んだら、かすかに声が聞こえたんで、あっ、良かった生きてるって。『眠っちゃダメだ、寝ると死ぬぞ』って叫んだよ。『八甲田(山)』で言った台詞だなぁ、こんなこと実際に言うんだ、なんて妙に冷静になってたな。

 ただね、ドッ、ドッ、ドッって地響きが聞こえてきて、それはそれは不気味だった。それまで聞いたことない音だったから……。

 目だって開けてられない。寝袋ごと浮き上がってるようだったし、まるで芋虫。昼間見たあのクレバスが思い浮かんで、あそこまで飛ばされてったら、もう命はない。撮影とか、映画とか言っている場合じゃない。

 こんなんじゃ、誰か死んだかもしれないなぁ、僕もこのまま死ぬのかな、人間って簡単に死ぬんだなぁって考えてた。助け出されたとき、4時間くらいたってたらしいよ」

「ウンチがこんなに大変だと想像もしなかった」

 高倉たち一行は基地で、隊員全員の明るい歌声に迎えられたそうです。なかでも、ジョン隊長は、基地のなかでは自分のことはすべて自分でしなければならないという規則を破ってまで、食堂で卵焼きを作って高倉たちの無事を祝ってくれたのだとか。

 この時の様子を高倉はメモ帳に書き付けています。

 Oct, 26日 TENT マイナス°32 鼻が白く凍るのを初めて見る。乱氷地帯に入る。やむなくCAMP。ウンチがこんなに大変だと想像もしなかった。28 マイナス33° TENTぶっ飛ぶ。命からがらSNOWMASTERへ逃げ込む。これは一体なんだらう。21時45分風少し弱まる。和洋混合の昨夜の残飯をCollin作ってくれる。TENTに戻るが寒くて寝れず。時々気を失うようにしてまどろむ。Gary, Peter, Collin, Bill.皆本当に良くやった良く助かったと思う。生々而加護

(原文のママ)