昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「たけしのズル休み」で水道橋博士と太田光の確執は決定的に…共演NGの2人が、18年ぶりの生放送で交わした“言葉”

『藝人春秋Diary』より#1

2021/11/19

 浅草キッドの水道橋博士と爆笑問題の太田光が長年共演NGだったのは、知られた話である。きっかけは今から27年前のニッポン放送の深夜ラジオ『ビートたけしのオールナイトニッポン』。この日を境に2人は決定的な敵対関係に陥った。

 ともにビートたけしに憧れを抱き、芸人の道に進んだ2人の実像を、水道橋博士が芸人の姿を紹介した書籍『藝人春秋Diary』(スモール出版)より一部抜粋して紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

 

◆◆◆

天敵との共演

「たけしさん! くれぐれも次はズル休みしないくださいね!」

 2017年10月6日、金曜日――。

 眩しいほどの朝日が差し込む虎ノ門、テレビ東京本社、11階の楽屋前、1週間の早朝生放送の共演を終えた爆笑問題・太田光が殿(ビートたけし)に直訴した。

 その2ヶ月前のこと――。「オイラはさぁ、どうせ毎日朝まで起きてんだから、朝刊を見ながらさぁ、好き放題言う生放送ってどうだい」

 と『アウトレイジ 最終章』の公開を控え、映画の出資元であるテレビ東京を利用した宣伝方法を思案するなか、興に乗った殿は周囲にこんな冗句を飛ばしていた。

 瓢箪から駒、それがまさかの展開で、同局は実際に10月2日からの5日間、『おはよう、たけしですみません。』なる朝7時半からの30分間の生番組を緊急編成したのだった。

 番組開始の1週間前「オイ、例の番組やることになったから頼むぞ」と、ボクは殿から勅命を受けた。「はい」と即答したが、自分以外にもう1人の共演者がいることは事後承諾だった。 その男が我が芸人人生の天敵、爆笑問題・太田光であったとは......。

 思春期を直撃されたビートたけしチルドレンとして、ボクと太田は共に殿を慕いつつも、今から27年前、我々は決定的な敵対関係に陥った。 決裂の舞台は、ニッポン放送の深夜ラジオ『ビートたけしのオールナイトニッポン』。

 10年も続く深夜25時からの生放送を、当時、殿は何かにつけてズル休みすることが増えていた。