ある“札つき”監査法人は、監査審査会の検査を受けた後、「次の検査は当分あるまい」と読んで、検査後にあえて問題企業を続々とクライアントにする確信犯的な振る舞いさえした。「私たちは監査法人を代えている企業を注意深くウォッチしているのですが、そうしたら、私たちの検査を受けた監査法人が続々、新しいクライアントを得ているケースがありました。検査後に駆け込み寺になっていたんです」。そう佐々木は苦笑いする。
「金融商品取引法」の活用
佐々木が4年間の在任中に処分した監査法人は、ロイヤル、東京中央、清和、九段、才和など九つあった。彼の在任前後と比較して処分件数は多かった。これによって、不公正ファイナンス事件にからむような“札つき”監査法人の活動はかなり抑え込むことができた。
佐々木はこのころ、金融・証券界や会計士の団体などの講演会で、盛んに金融商品取引法の193条の3の利用を推奨している。
193条の3とは、佐々木曰く「監査人が発見した監査先企業における法令違反などを、まず監査役に通知する。通知して改善を求めたにもかかわらず、改善が図られない場合には、もう一度監査役に通知して、といいますか、断った上で、当局に対して──これは金融庁長官でございますが、申し出を行うことができるという制度でございます」というものだった。
実際にこの制度を利用したのが、ジャスダック上場のソフトウエア会社、セラーテムテクノロジーだった。セラーテムの池田修社長は浮動株の時価総額が上場廃止基準に抵触しそうなほど少なかったため、株価引き上げを狙って中国企業の北京誠信能環科技有限公司を株式交換で傘下に入れるM&Aを公表した。しかし、それは、株式交換で発行されるセラーテム株を取得した北京誠信株主にセラーテムの経営権が移り、「中国企業による裏口上場」とみなされかねなかった。そこでセラーテムは今度は新たに調達した資金で中国企業を買収したかのような虚偽の情報開示をした。証券取引等監視委員会は12年3月、これを不公正ファイナンス事件とみて金融商品取引法違反(偽計)の容疑で東京地検に告発した。その告発を受けてセラーテムの監査人であるパシフィック監査法人が、違法行為を発見したと明らかにし、速やかに是正されない場合は金商法193条の3に従い、「当局(金融庁長官)に申し出る」とセラーテムに通知した。