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 乾さん(仮名・70代)は、当時の様子を知るドライバー歴50年の“超”ベテラン戦士だ。現在は個人タクシーとして東京の街を走っている。

「あの時は初乗りが100円だったかな。まだまだ台数が少なくて、五輪を機に増車していった。東京だと主要な駅にはタクシーを待つ人だかりができ、普通に街を走れば人を拾えた。それゆえにタクシーは接客業という意識が薄かったんです。それが64年の少し前から、業界全体でマナーを良くしていこうと方向性が示された。外国の方に喜んでもらえた、という結果もついてきて、仕事への誇りも持てた。経済的な恩恵以上に、あの時の五輪がタクシー業界に与えた影響は実は大きかったんです」

コロナによって書き換えられた青写真

 前回の東京五輪は、乾さんがタクシードライバーとして生きてきた原風景として心に刻まれていた。そして自身2度目となる五輪輸送を最後に、現場からは退く予定だったという。だが、多くの個人タクシーがそうであったように、今回の五輪開催では休業補償を得るために全休するという苦肉の策をとっている。

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 本来であれば、業界にとっても満を持して迎える2度目の催事となるはずだった。都内のタクシー会社も、五輪に合わせて膨大な設備投資を行ってきている。TOYOTA車「ジャパンタクシー」の大規模導入、大手は買収による車両増に尽力し、ハイヤー部門の強化やIT化への対応などを含め、数十億から百億近い設備投資を行ってきた社もある。だが、新型コロナウイルスの蔓延で、描いていた青写真とは全く異なるものとなったのだ。

 従業員600人一斉解雇で耳目を集めた「ロイヤルリムジン社」も、五輪と新型コロナウイルス対応に奔走した一社である。20年に五輪に向けて約7億円の設備投資を行うが、直後に新型コロナウイルスで営業収入が激減し、資金繰りがショートした。勝負所とみての投資判断が、結果的に600人解雇に繋がった側面もある。現在は約200人が出戻りし、亀戸で新たな営業所を開設するなど営業を再開している。同社代表の金子健作氏(46)は、大会中の様子をこう回顧する。

「五輪の時は、ほんの一瞬でしたが売上げは良かったですね。大会中は慢性的なハイヤー不足で、ハイヤーとハイグレード車が好調でした。普通のタクシー営業はほぼ変わらずで、結果的には期待していたほどではなかったです。それでもウチはまだいいほうで、約2割増、というところでしょうか。業界全体でみると、営業的なプラスはほとんどなかったといえるでしょう」