今年3月に海外客受け入れ見送りが発表され、次いで国内客収容も断念した。事前に契約があった大手のタクシー会社は五輪関係者の輸送を請け負ったが、期間中はバブル方式の穴というべき問題も露呈している。各国の競技関係者や報道陣が宿泊するホテルから、五輪専門車両ではない通常のタクシーで会場まで送迎したという話も方々から聞こえてきた。ドライバー達からすれば、五輪関係者の移動は県をまたいでの輸送もあり、単価が高い“おいしい客”だったという。
「人材育成の面で価値があった」と意義を挙げる声も
しかし、これらはごく一部の例であり、業界全体でみると五輪による営業的な恩恵はほとんどなかったという意見が大多数だった。タクシー会社の中には、「人材育成の面で価値があった」と、その意義を挙げる声もあった。
業界第2位の国際自動車代表の西川洋志氏(72)は、日本のタクシー・ハイヤーの素晴らしさを世界に広く認識してもらえた、と話す。
「近年、日本のハイヤー・タクシー業界が『ライドシェアの脅威』にさらされる中、日本のおもてなしを象徴する業界のひとつとして、世界中から来日された各国首脳、選手・関係者の方々を、安全・安心・快適にお送りすることが出来たと思います。また、輸送を担当したドライバーの方々に対して高い評価を頂き、大きな誇りを持つことができた。このことが、当社にとっても一番の成果だったと感じています」
それでもタクシードライバーの視点に立つなら、五輪開催により売上げが伸びたという者は限定的で、むしろ爆発的に感染者が増えたことで営業収入ではマイナスだったといえるだろう。8月半ばの約5700人という新規感染者をピークに、9月中旬以降の感染者は1000人を切るまでに減少している。それに伴いタクシーの売上げも少しずつ回復の兆しをみせ、雇用調整助成金を目的とした休業を解除する社も出てくるまでとなった。
先出の金子氏も、「コロナ前の1台当たりの売上げ平均が5万円程度として、今は4万円前後まで戻ってきた。夜の休業を続けていたが、今はフル稼働を検討している」と明かす。
タクシーの利用方法についても、多様性が目立ち始めた。日用品の買い物代行や、フードデリバリーなど、人以外の輸送もコロナ禍で浸透した一例だろう。また、海外からの帰国者を自宅等の待機場所へと送迎する「衛生ハイヤー」も現れ、成田~九州といった超長距離の移動を請け負うことも出てきた。
オリパラの閉幕後、更にタクシー利用に幅が生まれた点も見逃せない。コロナ罹患者の輸送に関しては各地の行政の委託を受け、ワクチン接種や医療機関への送迎をタクシー会社が請け負っているのだ。特に交通の便が手薄な地方ほど、重宝されている。