2015年に全国で34万人いたとされるタクシー乗務員の数は、2020年には28万人と激減。市場そのものが縮小するなか、新型コロナウイルスというさらなる厄災に見舞われ、東京五輪特需やインバウンドへの期待も霧散……。
ノンフィクションライターの栗田シメイ氏は、そんな未曾有の苦境に陥ったタクシー業界の実態を『コロナ禍を生き抜く タクシー業界サバイバル』(扶桑社新書)にまとめ、迫真のルポは各方面で大きな話題を呼んだ。
書籍刊行から時間が経ち、感染者数が減少傾向にある現在。タクシー業界はどのような変化を見せているのだろうか。同氏による取材で見えてきた、五輪後の業界の現状について紹介する。
◆◆◆
「実は大きかった」五輪がタクシー業界に与えた影響
ハロウィン当日の深夜、恵比寿駅前のタクシー乗り場では明らかに人が動いていた。乗り場で順番待ちするタクシーが10台ほど並んでいるが、頬を赤らめた乗客達が次々と車中に乗り込んでいく。夜間車両の稼働が大幅に減った、ほんの数ヶ月前からは考えられない光景でもあった。
乗車した際にドライバーと雑談すると、五輪後の緊急事態宣言中は通常時の5割程度の売上げで推移していたという。しかし、飲食店の時短要請が解除された10月25日以降はコロナ前の8割程度の売上げに戻ってきたと、声色は少し明るかった。
「五輪が終わり、感染者が爆増してずっと絶望的な状況だったんです。それがやっと、まともに稼げるくらいの水準に戻ってきた。結局ね、五輪、五輪という風に業界が同じ方向を向いたことが傷口を広げたと思うんです。私らドライバーにとっては、五輪よりも日銭を確保する方が大事ですから……」
東京開催の五輪は、タクシー業界にとっても一つの節目と目されていた。
その理由を探っていくと、1964年の東京五輪との関連も見えてくる。筆者がこれまで取材をしてきた感覚でいうと、前回の五輪でタクシーを取り巻く環境は激変した、という業界関係者も少なくない。ハード面でいえば現在では当たり前となった自動ドアも、1964年を機に日本中に普及していった。そして何より変わったのが、運転手達の接客への意識だった。
玉石混交のドライバーが入り乱れ、お世辞にも整備された職種とは言えなかったなか、業界をあげて運転手達のマナー改善に取り組んだという。