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ポップロックとのコンビで雪辱を期すことに

 代わって両馬の手綱を取ることになったのが、前年に園田競馬からJRAへの移籍を果たした岩田康誠騎手。園田競馬在籍時から、限られた機会ながら中央競馬にも参戦し、04年にはデルタブルースで菊花賞を制するなど早くから大舞台で結果を残してきた名手である。JRA移籍初年度から126勝を挙げ全国3位に入ると、2年目は年始から武豊騎手・安藤勝己騎手と三つ巴でリーディング争いを展開。そして、アドマイヤムーンとの新コンビで上半期の総決算・宝塚記念に臨むことになったのである。

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 1カ月前の日本ダービーで歴史的な勝利を収めた牝馬ウオッカの参戦もあって、大変な盛り上がりを見せた春のグランプリ。天皇賞・春を制したメイショウサムソンやマイル王ダイワメジャーと肩を並べる形で、アドマイヤムーンは単勝3番人気の支持を集めていた。一方、己のプライドにかけても黙って引き下がるわけにいかない武豊騎手は、前哨戦の目黒記念を制したポップロックとのコンビで雪辱を期すこととなった。

 雨の中で行われたレースは序盤からローエングリンら先行勢が速いペースで引っ張り、4コーナー手前から多くの馬が脱落するほどの消耗戦に。ウオッカもこの厳しい条件で本来の力を発揮できずに苦しむ中、最後の直線入り口で先頭をうかがうのはメイショウサムソン。アドマイヤムーンもそこに応戦する形で並びかけると、さらに外から迫りくる影が――道中からアドマイヤムーンの直後で徹底マークを敷いていた、ポップロックと武豊騎手だった。

絶対に負けられない一戦

 迫力満点の攻防はゴール前まで続き、最後は世界を制した豪脚が前年の二冠馬を捕らえアドマイヤムーンが勝利。メイショウサムソンが2着に粘り、そこから少し離れてポップロックが3着。それぞれが死力を尽くした激闘は興奮とともに幕を下ろした。

 日本競馬を代表するトップジョッキーからのスイッチという、究極の選択を下したアドマイヤムーン陣営にとっては絶対に負けられない一戦だった。その期待に「テン乗り」ながら最高の結果で応えた岩田康騎手の手綱さばきは、長らく並び立つ存在すらいなかった武豊騎手にとって強力なライバル登場を予感させるものがあった。

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