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2021/12/04

source : 文春新書

genre : エンタメ, 読書, 歴史

 いずれにしても、重忠を悼むいささか芝居がかった義時の言葉は、御家人たちの心を一気に時政から引き離したと考えられます。完全に流れが変わったのです。「これはまずい」と感じた時政は猿芝居を始めました。時政と計って畠山重忠を鎌倉におびき出した稲毛重成と榛谷重朝の兄弟を殺したのです。

「こいつらが秩父党のナンバー1になろうとして重忠を陥れたんだ」と、時政は二人に事件の責任を擦り付けようとしました。北条氏のお家芸である「実行犯の口封じ」です。しかし今回は、誰もそのような小細工を信じませんでした。

時政の失脚

 それに追い打ちをかけるように閏7月、時政が主導する、さらに大きな陰謀が「発覚」しました。牧の方と計って、将軍・源実朝をその座から引きずりおろし、平賀朝雅を将軍にしようとしたというものです(牧氏の乱)。

 しかし、これも実際にこのような陰謀が存在したのかは、疑問が残ります。私は、牧氏の乱は義時による時政追放事件だったと考えています。

 事件の概要をみてみましょう。鎌倉幕府には後世の我々が想像するような首相官邸のような公の施設はありませんでした。有力者の私邸に人々が集まり、そこが官邸であり議会となったのです。この時点では、時政が私邸に将軍実朝を住まわせていましたので、時政の館が「首相官邸」でした。