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作家、編集者がホンネで語る「ミステリ新人賞」への第一歩――オンライン講座の一部を特別公開!

作家、編集者がホンネで語る「ミステリ新人賞」への第一歩――オンライン講座の一部を特別公開!

オール讀物創刊90周年特別企画「ミステリの書き方」講座

note

Q4  「視点」はどう決める?

円居 普通の小説だと、まずは「一人称」視点が入口だと思うんです。自分が見たもの、聞いたものを書いていくのが小説の基本ですから。ただ、ミステリの場合、一人称だと、まず「語り手が本当のことを言っているかどうかわからない」という「信頼できない語り手」問題が発生するんですね。また、伏線を効果的に置いたり、事件を面白く見せるために他の視点が必要になってくることも多い。最後までずっと一人称視点でミステリを書き進めるのは無理があるなと思い、僕はたいてい「三人称一視点」に落ち着きます。つまり、三人称で書いているけど、カメラは登場人物の1人の近くに固定するやり方ですね。三人称の地の文では「嘘を書いてはいけない」というルールがあるので客観性も担保できるし、章を区切るなどして「カメラが変わったよ」と読者に示せば、他の登場人物の視点に切り替えることも容易にできます。

新井 視点の問題は、ミステリの新人賞に限らず文学賞全般で常に議論になります。新人賞の応募作で、同じ段落中なのに視点がぶれていたり、三人称の地の文に嘘が書いてあったりすると厳しい評価になることが多いので、くれぐれも気をつけてほしいと思います。

 ことにミステリの場合、自由自在に視点を変えちゃうと、「ルール無用の何でもあり」になって収拾がつかなくなるんです。

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 たとえば、Aさんがナイフを持って「殺してやる」と喋ってるとします。1行アキも何もなく次行で誰かが刺し殺される描写があったら、読者は当然Aさん=犯人だと思いますよね。でも実はそこで視点が変わっていて「刺した人物はBさんでした」が真相だったら、なんじゃそりゃ、となるでしょう?

 そもそも、同じ章の中で視点が変わると、読んでいて「いま誰が何をしているのか」がはっきりしなくなる。つまり、読みにくく、わかりにくい小説になってしまうんです。視点人物を決めたら、カメラをしっかり固定して、不用意に視点がぶれないようにすることが大事です。

円居 漫画を読んでいると、ほとんどの場面が主人公の視点で進みつつ、一瞬だけ敵キャラのモノローグが吹き出しで入って、すごくいいシーンだなと感じることがあるんです。だけど、その表現をそのまま小説では真似できませんね。探偵視点で進んでいたのに、数行だけ犯人の内心を書いて、また探偵視点に戻ったら、わけがわからなくなりますから。

新井 やるとしたら、章を変えて、視点が変わったことがしっかり読者に伝わる「幕間」のようなところで犯人の独白を書くのがよいでしょうね。

あらいひさゆき 1969年、東京都生まれ。京大ミステリ研には89~93年在籍。「小説新潮」編集長をへて、現在、新潮社出版部文芸第二編集部編集長。
新井久幸『書きたい人のためのミステリ入門』(新潮新書)

Q5  冒頭のツカミって大事?

新井 昔から「冒頭に謎を置け」と格言のように言われますが、どうですか。

円居 僕が実際によく使うテクニックなんですけど、事件を起こさないまま冒頭の20枚を書いてしまった時は、事件シーンをカットバック描写で頭に持ってきて、読者に「こんな事件がいずれ起きますよ」と匂わせるようにしています。

 読者は「何が起きる話なのか」を早いうちに知っておきたいと思うんです。「こういう事件が起きるよ」とわからないと、興味が持続しない。謎の提示は絶対に早いほうがいいです。

新井 まさに同感で、僕自身、しばらく読んで何も事件が起きないと「本当にミステリなのかな」と不安になる。ある種の安心装置としても、プロローグで事件シーンを“先見せ”しておくのは有効な方法だと思います。

円居 あるヒット作家さんが「読者の思考リソースをなるべく消費させないようにする」という言い方をしていました。その作家さんの工夫は「キャラクター名を覚えやすくする」ことだったんですけど、この発想はミステリでも使えるなと思っていて、冒頭で事件を起こして「これを解いていく話なのね」とわからせてあげることが「読者の思考リソースを奪わない配慮」になる。読者はその謎を解くための材料を優先的に拾いながら物語を読み進めていけますから。

Q6  中盤を退屈にしない技術とは?

新井 本格ミステリは解決編までの捜査が退屈と言われることもありますね。

円居 僕の大好きな鮎川哲也先生も、捜査シーンの描写が長いんです(笑)。ただ、鮎川作品では刑事がすぐ出張するんですけど、地方に行くと「ここの名物だから」と冷やし飴を飲む場面なんかがある。謎解きには一切関係ないんですが、「冷やし飴」が出てくると和んで、興味が持続するので、「地方の名産を出す」のは、鮎川先生ならではの読者を飽きさせない工夫なのかなと。

 捜査自体はやや単調でも、探偵と助手の掛け合いで笑わせるとか、面白いシーンに仕立てる工夫は必要です。

新井 特にアリバイの確認なんて、同じ質問を延々いろんな人にするから退屈になりがちですね。でも、単調な「Q&A」だけじゃなく、回想シーンにしてみるとか、アリバイを答える場面ごと一つのエピソードにしてみるとか、尋ねている最中に新たな事件が起きちゃうとか、緩急をつける方法はいろいろ考えられます。あと、1冊を通しての技術としては、提示された謎を早め早めに解決する、というのもありますよね。

円居 1つの謎を引っ張りすぎない。

新井 たとえば、フーダニット=「誰が犯人なのか」を推理する話かと思っていたら、中盤で犯人がわかっちゃう。そこからハウダニット=「どうやって犯罪を行ったのか」を推理する話に転換したと思ったら、その謎も解けて、最後はホワイダニット=「なぜ犯人はそんなことをしたか」という動機当てになる……みたいに、少しずつ謎の焦点を変えていったり、ネタを小出しにしたりすると、読者の満足度って上がるんですよ。