昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「復興五輪」はどこへ行ったのか  “長沼ボート場問題”小池百合子さんとの顛末

村井嘉浩・宮城県知事と振り返る「東京五輪の問題点」#1

2021/12/03

「長沼ボート場」が代替会場の候補に

〈2016年7月に小池百合子氏が東京都知事に当選。その2カ月後、東京都は五輪コスト削減のために整備計画の見直しが必要であるとし、ボート、カヌー競技の会場だった江東区の「海の森水上競技場」の代替会場として、宮城県登米市の「長沼ボート場」を含む3カ所を候補にあげた。〉

――連絡はどこから。

村井 都庁の上山信一さん(五輪開催費用調査チーム特別顧問)です。私の中学校の先輩なんですよ。上山さんからメールが届いて、「実はオリンピックはものすごく経費がかかるので、長沼でやったらいいじゃないかと思うのだけどどうか」と。いやそれはいい話ですねって返しました。そこからドドドドドッと進んだんですけど、途中でピッタリ止まっちゃった。

 小池さんは「やりましょう」と言っていたが…

――そのドドドドドの経緯では何があったんですか。

長沼ボート場視察した小池百合子・東京都知事(左は村井知事)

村井 小池さんから私に連絡があって「いいですね、やりましょう」と。その頃は頻繁に小池さんとやりとりしていました。現地にも視察に来ていただいたりして。小池さんと上山さんは「復興五輪」なのだから選手の皆さんに仮設住宅に泊まってもらったらいいんじゃないかというアイデアも出してくれました。非常に面白い発想だなあと思いまして。

――この件で、それまで心配だけだったのが、急に五輪を実感として捉えた感じですか。

村井 そうですね、こちらも積極的にやりたいという雰囲気になって。そのときは宮城県庁の職員も面白いって盛り上がりましたよ。長沼ボート場は非常に波も穏やかで国際大会もできる素晴らしい施設だし、江東区の競技場のようなメインテナンスもいらない。予算も3分の1くらいでできる。オリンピックのレガシーとして、これから育つ子供たちがここで毎年、全国大会やインターハイをやればいいよねと、こちらもどんどん準備を進めていたんですよ。してたんですけど、まあ。某会長らがダメだと。

――あ、バッハ会長ですか。

村井 そう。反対をする一定の勢力がいることは耳に入ってきていましたが。

z