先日、何気なくテレビのニュースを見ていると、「世界的に原油価格が高騰」の話題が取り上げられていた。ガソリンや灯油価格が上がり、深刻な問題となっていると報じられたのちに、あるビニールハウス農家のインタビューが映った(テレビ朝日系『報道ステーション』10月27日放送)。答えているのは20代から30代くらいの青年で、今年は燃料費が15%上がっただけでなく、ビニールの値段も高騰しているので大変だという。

 印象に残ったのはここからだ。彼はこの危機に対処するために、他の農家との差別化を図るなど創意工夫の営業努力で乗り切るつもりだと答えた。原油価格高騰に対しては、政府にも早急にできることがある。たとえば石油にかかる税金や消費税を一時的に減免するだけでも、事業者や生活者はかなり楽になるだろう。しかしこの青年は、政府に対する不満を口にすることも、何かを要請することもなかった。

すべてが“自己責任”でいいのか

 もちろん、政府に対する「忖度」が露骨に現れる地上波テレビのことだ。政府批判と受け取れる箇所が全てカットされていたとしても驚きはない。しかし、青年は本当に政府への要望を口にしなかったのだと思う。原油価格の高騰は個人ではどうしようもないことなのだから、国が適切に対応すべきだというほうが自然な発想だし、一昔前であればそのようなインタビューになっていただろう。しかし、このビニールハウス農家の青年は、社会の問題を自己責任として受け止めたのだ。

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「NewsPicks Book」(2017年4月~2020年6月)や、NewsPicksに登場する筆者の書籍 ©文藝春秋

 何気ないニュースの一つの中にも、若い世代がもつ時代精神が隠れている。自助努力による解決=「ライフハック」はもはや倫理なのだ。

「ライフハック」という言葉は、2004年にダニー・オブライエンによって考案された言葉で、当初はIT技術者などが仕事の能率を上げるためのテクニックの意味で用いていた。しかしこの言葉がエンジニアの世界から一般へと普及するにつれて、次第にそれは人生全般にとって役に立つ仕事術や生活術のことを示すようになった。

 今や書店に大量に並んでいるライフハック本を見ても、それが多様な意味で用いられていることが分かる。『仕事のスピードを上げながら質を高める最強のライフハック100』『「発達障害かも?」という人のための「生きづらさ」解消ライフハック』などだ。「ライフハック」は当たり前のように世の中の人々に浸透している。

 青年の返答は、彼の内面化された「ライフハック」的倫理の現れだと思う。原油価格高騰のような個人に責任がないことでさえ、政府に対応を求めると叩かれる。それよりも、自分自身の創意工夫でビニールハウス農家という「ビジネス」を乗り切る宣言をしたほうが称えられるのだ。政治なんか気にするより、自分自身が幸せになる方法を考えたほうが賢明である、というわけだ。

 しかし原油価格の高騰は、彼だけではなく全てのビニールハウス農家を直撃している。全ての農家が自分の生き残りをかけた営業努力に励んだとすればどうなるだろうか。結局は残酷なサバイバルレースが発生し、敗者は消えていく。共倒れの危険性すらある。危機に対して全体での問題解決を放棄し、個人による解決(ライフハック)をそれぞれが重視してしまえば、世の中全体はその危機により過酷さを増していくのだ。