「(父親が)亡くなったときはもう、将来がちょっと……どうやって生きていけばいいのか。仕事もしていないし、この先、生きていかれるのかというのが頭によぎって……」
父親の遺体を放置したのは、目の前にある現実からの逃避かもしれない。しかし、先々への希望がなければ、目の前で起きたことに対処する気力は起きないだろう。遺体を放置してしまったことは、その結果だったのかもしれない。
追い詰められても、助けを求めなかった理由について、小谷さんはこう繰り返した。
「表向きは、人と比べるなと言っても、誰しもが比べちゃうんじゃないかな」
「もし助けてと言ったとしても、本当に助けてくれるかどうかわからない。人からすれば、なんで仕事してなかったのかという話になる。働いていない負い目が強くて、そう思ってしまう……」
私たちはその後も、小谷さんの自宅へと通い続けた。一時は心身の状態が芳しくない様子が見られ、取材を中断したこともあった。それでもご本人の体調に合わせながら少しずつインタビューを重ねた。初めは恥ずかしいと言っていた小谷さんも、少しずつ気持ちを打ち明けてくれるまでになった。
小谷さんは現在、行政の支援を受けながら、新たな生活を始めている。料理をつくることとテレビを見ることが楽しみだと話している。
相次ぐ遺体放置の事件
小谷さんのように、高齢の親やきょうだいの遺体を放置したとされる事件は、2021年9月から過去1年間遡っただけでも、全国で少なくとも30件近くを数える。一連の取材では、一つでも多くの事件に接して当事者の声を聞きたいと、裁判所にもたびたび足を運んだ。
2020年10月、関東地方の裁判所では、高齢の父親の遺体を8カ月以上にわたって放置した罪に問われた40代の男性の審理が開かれていた。傍聴席の最前列の端に腰を下ろし、開廷を待つ男性。髪は肩まで伸びていて、弁護士の問いかけにわずかに頷くも、終始うつむき加減である。
検察官の冒頭陳述によると、男性は10代で母親を亡くして以来、父親と二人で暮らしてきた。10年ほど前にアルバイト先で解雇されてからは職に就かず、家では父親との会話がほとんどなくなった。ギャンブルのための金を父親に無心すると「二度と(部屋に)入ってくるな」と激怒され、顔を合わせることすらなくなっていった。生活音から、父親の生存を把握していたが、あるとき長らく生活音を聞いていないことに気づき、部屋を覗いてみたところすでに亡くなっていることを悟った。そして、男性が死亡に気づいてからおよそ8カ月後、1年近く父親の姿が見えないと地域支援の職員から連絡を受けた警察官が室内から遺体を発見した。