金子 ダシができあがったらお猪口に入れて、それをおたまに載せてカウンターに立つ親方のところに持っていくんです。帽子を脱いで、脇に挟んでね。そして「茶碗蒸しです、お願いします」と言うと、包丁をやってた親方が「うん」と言って味見する。そして「辛い」「醤油効きすぎ」「甘い」とかいろいろ言われて、流しに捨てる。これを最高7回繰り返しました。
——7回! 大変でしたね。OKが出たときはホッとしましたか?
金子 そりゃあ、もう! その後また茶碗蒸しの注文が入って、もう愕然としましたね(笑)。一時は味がわからなくなって、ノイローゼになりましたよ。夕方4時に出るまかないも、鮭とかが出ると味覚が狂うので、食わないで抜いたりしてました。でも、親方に魅力を感じてて、その仕事を盗もうと思ってたら、やっぱり耐えるしかないわけですよ。耐えなきゃ、手に入んないんだから……! けど今そんな気持ちで仕事してる人いないでしょ、おそらく。
今では封建的に見えるかもしれないけど
金子 ただね、今になって考えてみると、7回ってことは、親方はお猪口で1本分は飲んでるんですよ。親方もよく付き合ってくれましたよね(笑)。でも親方としては、別に僕に教えているという気持ちではなく、あくまでお客さんに「おいしい茶碗蒸しを出してやろう」っていう気持ちでやってるだけなんですよね。
——それは修行中の金子さんも理解していた?
金子 はい。下の者として、やっぱり親方の求める水準の料理を出せなきゃなって。親方は店の看板だし、そのこだわりを僕たちの至らなさで潰しちゃダメだと思ってました。今では封建的に見えるかもしれないけど、そうやって上から下の従業員までみんなが店のことを考えてましたね。
——今は個人主義がかなり浸透しました。
金子 それも時代の変化なんでしょうが、そのせいで学ぶ機会を失ってる部分は絶対にあるとは思いますよ。それについて僕は否定はしませんし、仕方ないでしょ? でも『味いち』の作品世界については、あの頃が残ったままでいいと思うんです。「和食の職場ってのは、こういう世界だったんだ、今は変わっちゃったけどね」って。
―――そんな金子さんが『味いち』に関わるようになったキッカケは?
金子 神保町に店を構えているので、出版関係のお客さんが多いんですよ。それである日、『ビッグコミックオリジナル』の当時の編集長と担当者、そして原作者のあべ善太先生がお見えになって、新しい料理漫画に協力してほしいと頼まれたんです。
「料理漫画は2本いらない。もう『美味しんぼ』をやってるんだから」
——まさに『味いち』でもよく見られる、常連さんからのお願いという感じですね。