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金子 だね……。市場ばかりか、海の環境もずいぶん変わったねぇ。「これは美味い!」と思える魚になかなか当たらない。鯛でいうと、この15年でいいなと思えたものは、たった2枚だけ。前はさほど気にもしてなかったんですけど、今は気になってずいぶん吟味するようになりました。さすがにその2枚の当たり鯛を出したときは、お客さんも「え、鯛ってこんなに甘いって思わなかった」と驚いてましたけど。

——他に最近、記憶に残ったお魚は?

金子 うーん……。3年くらい前に食べた氷見のブリですかね。寒ブリのお腹……! あれは衝撃的な美味しさでしたね。普通、ブリのお腹って脂が強すぎて品がないから、刺し身ではあんま食べないんだけどさ。それが美味いの、なんのって……あ、これ『味いち』のネタで使えるね(笑)。

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——『味いち』が始まった頃からすると、今ではかなり養殖モノも多くなりましたよね。

金子 そうですね。僕らが修行してた頃は養殖もそんなに出てなかったし、だいたい野菜だって今は“養殖みたいなもの”でしょ? だから『味いち』の若い担当編集も間違えちゃうんですよ。以前、先細った大根の写真を載せてたから、「こんな写真載せちゃダメよ。大根ってのは根っこがプーッと膨らんで先がピュッとしてるのが熟成した大根で、僕はこんな大根は買わないよ」って。

女将から「これでお茶でも飲みなさい」とポチ袋

——鯛の味にしても、大根の形にしても、今の若い世代は本当の姿を知る機会がないんですね。

金子 僕は古いことしか知らないから、本物しか知らない。そして作法もなくなりましたよね。夜の営業をこれから始めようかなってところに、平気で集金に行こうとしたり……。僕らの時代は、口開けに集金なんか行こうとすると女将にすごく怒られましたよ。「まだ入金もない時間に集金に行くなんて!」と、昔の人はそういうところにすごく厳しかった。

 

——気遣いによるコミュニケーションですね。

金子 今はケータイでピッとするだけで支払いできちゃう時代だからね(笑)。まあ、その必要がなくなったから作法もなくなったんだと思うんですけど、あの頃は女将に頼まれて荷物持ちしたら「これでお茶でも飲みなさい」って1000円が入ったポチ袋をもらったりね。「みんなに言わなくていいのよ」って、給料が1万5000円のときにさ。年の暮れになると、鳶職の人が門前を全部キレイにしてくれるんだけど、そんなときも女将は必ず“支払い”じゃなくて、“気持ち”として払ってました。そうやって心を通わせてたんですよね。

——そういうものが『味いち』の中には今も息づいている?

金子 そうだね。そういう作品だから大好きだし、今関わってられることも嬉しいしね。僕は『味いち』のおかげで和食のことを勉強しなきゃならなくなって、大変だったけど、それが自分を成長させてくれたんだ。だからこれからも『味いち』のために頑張らなきゃって、そう思ってるよ。

味いちもんめ継ぎ味 7 (ビッグコミックス)

倉田よしみ(著)あべ善太(案)久部緑郎(ストーリー協力)

小学館

2021年10月29日 発売