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「捜査当局にとって痴漢は重大事件ではないので、捜査官の熱が冷めてしまうのかも…」それでも日本で“痴漢冤罪”による前科・前歴が生まれ続けるワケ

『生涯弁護人 事件ファイル2』より #2

2021/12/12
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 こうした重大な事実誤認は徐々に問題視されるようになり、2000年頃には秋山賢三弁護士(*2)が「全国痴漢冤罪弁護団協議会」を発足させた。同会は、各地で起こった痴漢冤罪事件の報告や、痴漢冤罪事件の被疑者や被告人となった方々の経験発表や交流、痴漢冤罪の弁護に関する書籍の出版などの活動を展開した。私も、以下述べる事件の弁護活動をしていたことから、何回かこの会に出席した。

*2 秋山賢三:元裁判官。冤罪事件の研究者として知られる。徳島地裁配属時に「徳島ラジオ商殺し事件」(1953年に徳島市内で起きた殺人冤罪事件。犯人とされ刑が確定した富士茂子氏は日本初の死後再審により無罪となり名誉回復した)の再審開始の決定に関与。91年に依願退官し弁護士登録。

 2007(平成19)年には、痴漢冤罪事件をテーマにした周防正行監督の映画『それでもボクはやってない(*3)』が公開され、痴漢冤罪に対する人々の関心が高まった。

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*3 『それでもボクはやってない』:周防正行監督・脚本。満員電車の中で痴漢と誤解され逮捕・起訴された青年が裁判で冤罪を立証しようとするが、担当裁判官の交代や自室にあったアダルトビデオの存在などで不利な状況に追い込まれ、目撃者を探し出しての証人尋問、再現ビデオの制作などの努力もむなしく懲役3カ月の判決を受ける、というストーリー。

 さらに2009年4月14日、最高裁第三小法廷は、電車内での痴漢事件について、一審・二審の有罪判決(懲役1年10ヶ月)を破棄して無罪を言い渡した。この事件は、当時60歳の被告人(大学教授)が満員電車内で女子高生に対して痴漢行為(強制わいせつ行為)におよんだとされたもので、弁護人の1人は秋山賢三氏だった。

 最高裁判決は、(1)被告人が一貫して犯行を否認していたこと、(2)客観的証拠がなく有罪を裏付けるのは被害女性の供述のみであること、(3)被害女性の供述には不自然な点があり信用性に疑いを入れる余地があること、などを挙げ、被告人の犯行とするには合理的な疑いが残るとして無罪としたのである。

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