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「捜査当局にとって痴漢は重大事件ではないので、捜査官の熱が冷めてしまうのかも…」それでも日本で“痴漢冤罪”による前科・前歴が生まれ続けるワケ

『生涯弁護人 事件ファイル2』より #2

2021/12/12
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効果を発揮してしまっていた「人質司法」

 しかし以前は、「痴漢などやっていない、冤罪だ」と主張して罪を認めないと、1ヵ月以上勾留されることもあった。長期間勾留されれば、仕事に支障をきたして解雇されてしまいかねないという恐怖感もあるし、家族にも大きな心労と負担をかけることになる。

 それでも頑張って無罪を争うか。不本意でも罪を認めてしまうほうがラクだと考えるか。どちらにしても厳しい選択だが、仕事や家族のことを考えた被疑者は、「条例違反で罰金を払って済むのなら、面倒だから罪を認めて終わらせてしまおう」と、つい思いたくなる。まさに「人質司法」が大きな影響を与えていたのである。

 現在では、海外からの「人質司法」批判もあり、裁判所は、捜査段階でのゆきすぎた拘束を見直す意味で、以前と比して、勾留請求を却下したり、早期に保釈を認めたりする傾向にある。そして、痴漢事件の場合には、一般的に、証拠隠滅や逃亡の可能性が低いこと、迷惑防止条例であれば法定刑も軽いことなどから、勾留請求が却下されることも少なくない状況である。

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 痴漢事件というのは、被害者といっさい連絡をしないということさえ確保されれば、証拠隠滅の問題はまず起こらない。また、ラッシュ時に電車で通勤している人に、住居不定などという人はまずいない。そもそも、痴漢事件については、相当悪質なものでない限り、勾留せず任意捜査をすればいいはずである。

 実際には、痴漢事件では、勾留請求が却下されるか、あるいは勾留取り消しが決まると、立件されずそのままになってしまうことも多い。捜査当局にとって痴漢は重大事件ではないので、捜査官の熱が冷めてしまうのかもしれない。実際に被害に遭われた方からすれば許しがたいことだろうが、これが現実なのである。

【前編を読む】「なぜあなたは好んでそういう悪人の弁護をするのか?」小沢一郎やカルロス・ゴーンらからも頼られる“無罪請負人”弘中弁護士が返した“意外な答え”とは

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