データ重視ではない、選手との密なコミュニケーション
――データの示す方向と選手の希望が異なる場合、どこまでデータを優先すべきでしょうか。
齋藤 データと感覚は対立する存在だと思われることも多いのですが、僕はむしろ逆だと思っています。同じことをしても感覚は人それぞれ違うので、僕は徹底して選手と綿密なコミュニケーションを取ることを課題にしてきました。お互いに共有するために数値やデータを活用して、選手の気持ちとデータに乖離がないように心がけたつもりです。
東大野球部では、バッティングのリーダー、トレーニングのリーダーと縦割りで各リーダーを決めていたので、数字をもとに話すことで部門間での連携も取りやすくなったと思います。
「東京六大学リーグで勝つ」という共通の目標を掲げ、自分のやりたいことよりもチームの勝利を優先できるような意識づけができたのも、データ重視ではない密なコミュニケーションのおかげだと思います。
――プロの若手選手のなかには、コーチのいうことよりもネットで集めた分析データを重視する選手もいると聞きました。データ分析が進むと、「気合い」「根性」のような精神論は一切必要なくなるのでしょうか。
齋藤 僕はそうは思いません。東大野球部の監督は77歳ですが、長い経験があるからこそ分かることがあると思っていましたし、選手もそう感じていると思います。コーチや監督が感覚的に感じていることと、どうしてそう感じているのかをしっかり突き詰めて、それが数字と結びついてくると、選手とのコミュニケーションがとりやすくなります。その摩擦をなくしていくのがデータの役割で、両者をつなぐために僕たちのようなデータアナリストが存在すると思っています。
データと感覚は対立する存在だと捉えられることも多いのですが、個人的にはむしろ逆な気がしています。
— 齋藤周 (@Amapenpen) November 28, 2021
同じことをやっても感覚は人それぞれ全然違うので、それを互いに共有するための共通言語こそがデータだと思っています!
これからは“鷹党”としてやっていく
――今後の夢や目標について教えてください。
齋藤 多分僕は「つくること」が好きなんだと思います。ピアノで音楽をアレンジして弾くことや料理が好きで、寮でも自炊していました。
ただ、ピアノや料理と違い、データアナリストには個人成績がありません。結果がうまくいった時もいかなかった時もそのリターンは選手にいきます。その点、野球以外の場所でクリエイティブな活動も続けていきたいですね。
統計データを用いた手法で球団改革を成し遂げた『マネー・ボール』のようなことにも挑戦できたらいいなと思っています。
日本一を見届けて、13年のヤクルトファンを“卒業”したので、これからは鷹党として、自分にできることを精一杯頑張ります。
(撮影:平松市聖/文藝春秋)
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